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一年生・秋の章 <エスペランス祭>

郷愁花③

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「……郷愁花は、後悔の念が最も反映されます。ですから、この年齢の時に最も後悔したことがある、ということかもしれません。フォンゼルさん、貴方も」


 シャオランは急に声色を変えてそう話すと、フォンゼルを小さく笑みを浮かべる。


「……せやねぇ。後悔してるんやろね。あの時こうしてれば良かったって、思わない日はないぐらいに」


 フォンゼルはそう言って少し遠い目をした。
 忘れもしないあの日の出来事を鮮明に思い出すフォンゼルは、少し目を閉じる。





---------------------------------



 フォンゼルの母であるシエラが、帝国の侵略“アルトネル地区国境戦争”の際にフォンゼルを庇って死亡したあの日に遡る。


 フォンゼルの故郷であるアルトネルは、国境に近い西部の都市であり、フォンゼルはその地区の中流貴族リコリス家の出身。
 その日、フォンゼルは兄であるティオボルド、そして母のシエラとともに街へ繰り出していた。


「もう、そんなにはしゃいだらあかんよ、フォン。双子なのにどうしてこうも違うんやろねぇ」


 そう言って陽気に笑うシエラは、大人しいティオボルドの手を引きながら、その前を走るフォンゼルを追いかけた。


「奥様っ、そんなに走ったら危ないですよ」


 リコリス家に使える護衛が、そう言いながら後ろを追いかけている最中、突如街に魔法の矢が降り注いだ。


「!?」


 シエラはそれを察知すると、先ほどの朗らかな表情を一変させ、ドレス姿に似つかわしくない憤怒の表情を浮かべながらティオボルドを抱える。
 前方にいたフォンゼルを矢から守るため、凄まじい速さで回収しつつも強力な矢を避けながら路地にある店に逃げ込んだ。


「この攻撃……広範囲かつ殺傷能力の高い魔法の矢、帝国の“鋼鉄の射手アイアン・アーチャー”の仕業やね。何でこんな時に……」


 シエラは歯を食いしばりながら外の様子を伺う。


「奥様、危険ですからどうか中へ。帝国軍が侵略を開始した模様です。今日は王都の感謝祭の日、手薄になったところを狙われています」


 先ほどの矢で負傷した護衛がそういうと、シエラは眉を顰めた。


「私は戦力になる。帝国の好き勝手をさせる訳にはいかへん、貴方は怪我しとるんやから戦うのはやめとき。子供は頼んだで」

「で、ですが奥様!」

「私は元々は西の国境を守っていた魔女騎士や!なめとんのか!」


 シエラが凄まじい表情で護衛の胸ぐらを掴むと、双子は普段見ることのない悪魔のような母の表情に驚きを隠せず震える。

 リコリス家の長女であるシエラは、結婚を機に兵を引退し、双子を授かると母としての表情しか見せなかった。
 穏やかで陽気な彼女だが、現役時代はリコリス家の特殊能力を操り戦場を荒らした“荒地の魔女”と呼ばれており、双子はそれを知ることなく成長していたのであった。


「母さま?」


 フォンゼルは首を傾げながら不安げにシエラを見上げる。


「母さま、どっかいっちゃうん?」


 ティオボルドは涙目でシエラの服を掴んだ。
 シエラは母親の顔に戻ると、床に膝をついて目線を双子に合わせて笑みを浮かべる。二人の肩を撫でるように掴むと、目を細め口を開いた。


「ええか?ここで待ってるんやで。母さまはすぐ戻る。ちょっと悪い奴らを懲らしめてやるんや」

「か、母さまいかないで」


 ティオボルドはそう言ってシエラに抱き付くと、シエラは眉を下げてティオボルドの背中を撫でた。


「ほんまにティオは甘えんぼさんやねぇ。それに泣き虫」


 シエラはそう言いながらフォンゼルも抱き寄せる。


「フォンは、ティオがすぐ泣くから自分は泣けへんのやろ?自分がティオを慰めるために」


 シエラはフォンゼルに優しくそう言うと、フォンゼルはぽろっと涙を流す。


「うう……母さま」

「大丈夫。二人で一緒に隠れていれば最強や。すぐ戻るから堪忍な」


 シエラはそう言って二人から離れるが、双子はシエラのドレスを掴む。


「「いやだ」」


 シエラは駄々をこねる二人を見て軽くため息を吐きつつも、愛おしそうに笑みを浮かべながら二人の頭を撫でた。


「……帰ってきたら、母さまお手製のクッキーを作ってあげるから、良い子にしてるんやで」


 シエラは動きやすいようにドレスの裾を引きちぎると、戦士の顔をして振り返らずに颯爽とその場をさった。


「「母さまー!!!」」


 フォンゼルとティオボルドは大声で叫ぶも、その場を預かった護衛騎士が二人を静止する様に立ちはだかる。
 それからはしばらく、二人は寄り添うようにして部屋の隅にうずくまった。


「ティオ、もう泣かへんの。母さまはきっとすぐ戻るて」

「ぐすっ……そんなん言うても、もう一時間は経ってるやんか」


 泣きじゃくるティオの言葉に、フォンゼルは時計を確認して立ち上がる。
 

「……ほんならボクが探したるよ。外、だいぶ静かなったし、母さま近くまで戻ってるんちゃう?」


 フォンゼルは笑みを浮かべて立ち上がると、護衛騎士が慌てて首を横に振った。



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