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一年生・秋の章
お楽しみキャンディ “入れ替わり味”⑥
しおりを挟む「何を喜んでいるミル」
リヒトがじっとミルに冷ややかな視線を送るが、フィンの顔立ちのせいか普段よりも怖さはないため、ミルは顔を綻ばせながら自分の分のドーナツを丁寧にナイフとフォークで切り分けて頬張った。
「いえ……ドーナツおいしいなあって……思っただけです……」
ミルの言葉に、フィンは大きく頷きながらドーナツを手掴みで頬張る。
「(そういえばフィン様、先程からドーナツを手掴みで……もしかして庶民の子かしら)」
ミルは騎士団の中で唯一庶民上がりの女騎士。昔はドーナツを手掴みで食べていたなぁと懐かしい気持ちになりながらフィンを眺めた。
「リヒトも食べてみてー」
フィンは自分がかじっていたピンク色のドーナツをリヒトに差し出すと、リヒトは二人がいる手前困った表情を浮かべるも、やがて小さく口を開く。
「あーん」
フィンがにぱっと笑ってそう言うと、キースは堪えきれず紅茶を吹き出す。
「……」
リヒトはもぐもぐとドーナツを咀嚼しながらキースを睨みつけた。
「す、すみません……その、シュヴァリエ公爵の顔で“あーん”はちょっと、いやなんというか、中身が違うだけでこうも印象が変わるのですね」
キースは動揺したまま手を前に出して必死に説明する。
「当たり前だ。私とフィンでは何もかも違うからな。……フィン、ご飯前にあまり食べないの。残りは明日にしたほうがいいよ?」
リヒトはそう言いながら再びフィンの口元をナプキンで拭うと、フィンは大人しく頷いて笑った。騎士団のメンバーに対しては見せることのない甲斐甲斐しいリヒトの姿に、ミルは祈るような形で手を重ね目を潤ませる。
「(間違いないわ、シュヴァリエ公爵はフィン様と絶対に付き合ってる!)」
そう思い目を輝かせるミルを他所に、キースは変に勘繰ってしまい眉を顰める。
「(フィン様は見たところ12歳ぐらいの可愛らしい子だ。最初はレディかと思ったが、まさか男の子だったとはな。シュヴァリエ公爵がこんなにも世話を焼くなんて、もしかしてフィン様は……)」
「隠し子!?」
キースは考え抜いて出した結論を思わず口に出すと、横にいたミルがすぐさまキースの頭を叩く。
「副団長、本当に貴方ってこういうのに変に疎いですね」
ミルは小声でキースに耳打ちする。
「な、なんでだ!?違うのか?」
「恋人ですよ恋人!ほら、春先に噂になっていたじゃないですか!」
「なに!?シュヴァリエ侯爵はこんな幼い子がタイプなのか!?」
ひそひそと話す二人だが、リヒトには丸聞こえだったため、リヒトは立ち上がって二人をじっと睨み付ける。
フィンの体とはいえ、二人はその気迫に慄き目を震わせた。
リヒトは腕を組んでじーっと二人を睨み付けていたが、ある瞬間から途端にその表情は柔らかくなり、それどころか愛くるしい小動物のような雰囲気を醸し出したため、二人はキョトン顔で固まる。
しかめっ面の美少年は、いつのまにか朗らかな笑みを浮かべ優しい瞳をしていた。
一方のリヒトは、既視感のある冷ややかで凛とした表情に戻っており、口内に残る甘い味を感じて眉間に皺を寄せていた。
「あ、もどった」
フィンは自分の体に戻ったことを認識すると、にぱっと笑みを浮かべてリヒトを見る。リヒトも自身の体に戻ったことを認識し、首を回してから紅茶をゆっくりと飲んだ。
「無事に戻ったようだ」
リヒトは指を動かし問題なく入れ替わりが戻ったことを確認すると、フィンを膝に乗せて頭を撫でる。
「問題ない?具合は?」
リヒトの甘く低い声色。フィンに対して、花を愛でるように繊細に気遣うそのすがたに、キースとミルは口をあんぐりと開けていた。
「大丈夫だよ!……あ!」
フィンはキースとミルを見てふわっと笑みを浮かべる。
「改めまして、フィン・ステラです。ご迷惑をおかけしました」
フィンはリヒトの膝の上で二人に微笑みながら挨拶をすると、二人は背筋を伸ばして顔を赤くする。
「キース、ミル。こんなタイミングだが、覚えておくがいい。私の大事な恋人だ、丁重に扱え」
リヒトは恥じらいもなくフィンの髪の匂いを嗅ぎながらじろっと二人を睨みつけてそう言い放つと、リヒトの強い執着を見た二人がゾクリと背筋を震わせた。
「「御意!」」
二人はリヒトに畏怖を感じ反射的に立ち上がって敬礼をすると、それを柔らかくほぐすようにフィンが笑みを浮かべる。
キースとミルはフィンの笑みに魅了され、すっかりぽわーっと気の抜いた表情になった。
「あの、ミルさん。ドーナツすごく美味しかったです!僕お菓子が大好きで、一緒に食べてもらえたのも、楽しくてすごく嬉しかったです」
フィンは純粋な笑みを浮かべながらそう伝えると、ミルは満面の笑みを浮かべる。
「フィン様!私はスイーツのことであればなんでも知ってます!!また次お会いした時に美味しいスイーツを持っていきますので、楽しみにしていてください」
ミルは興奮した面持ちでそう言うと、フィンは心底嬉しそうにはにかんでリヒトを見上げた。
「……ミルに会う機会を作ってあげよう」
「ありがとうリヒト」
リヒトはフィンの笑顔に弱いと知ったキースは、小さく口を開く。
「フィン様。私はフィン様より少し上の弟がいまして……ぜひ友達になってはもら」
キースがそう言いかけると、リヒトが口を挟む。
「お前の弟よりもフィンのほうが年上だ」
「えっ!?」
キースはまじまじとフィンを見つめる。
あどけない雰囲気がより幼さを演出しているのか、小動物のような愛らしさを感じさせるフィンより、自身の弟の方がよっぽど年上に見えてしまったキース。
リヒトはじろっとキースを睨み付けた。
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