上 下
96 / 318
一年生・秋の章

お楽しみキャンディ “入れ替わり味”⑥

しおりを挟む


「何を喜んでいるミル」


 リヒトがじっとミルに冷ややかな視線を送るが、フィンの顔立ちのせいか普段よりも怖さはないため、ミルは顔を綻ばせながら自分の分のドーナツを丁寧にナイフとフォークで切り分けて頬張った。


「いえ……ドーナツおいしいなあって……思っただけです……」


 ミルの言葉に、フィンは大きく頷きながらドーナツを手掴みで頬張る。


「(そういえばフィン様、先程からドーナツを手掴みで……もしかして庶民の子かしら)」


 ミルは騎士団の中で唯一庶民上がりの女騎士。昔はドーナツを手掴みで食べていたなぁと懐かしい気持ちになりながらフィンを眺めた。


「リヒトも食べてみてー」


 フィンは自分がかじっていたピンク色のドーナツをリヒトに差し出すと、リヒトは二人がいる手前困った表情を浮かべるも、やがて小さく口を開く。


「あーん」


 フィンがにぱっと笑ってそう言うと、キースは堪えきれず紅茶を吹き出す。


「……」


 リヒトはもぐもぐとドーナツを咀嚼しながらキースを睨みつけた。


「す、すみません……その、シュヴァリエ公爵の顔で“あーん”はちょっと、いやなんというか、中身が違うだけでこうも印象が変わるのですね」


 キースは動揺したまま手を前に出して必死に説明する。


「当たり前だ。私とフィンでは何もかも違うからな。……フィン、ご飯前にあまり食べないの。残りは明日にしたほうがいいよ?」


 リヒトはそう言いながら再びフィンの口元をナプキンで拭うと、フィンは大人しく頷いて笑った。騎士団のメンバーに対しては見せることのない甲斐甲斐しいリヒトの姿に、ミルは祈るような形で手を重ね目を潤ませる。


「(間違いないわ、シュヴァリエ公爵はフィン様と絶対に付き合ってる!)」


 そう思い目を輝かせるミルを他所に、キースは変に勘繰ってしまい眉を顰める。


「(フィン様は見たところ12歳ぐらいの可愛らしい子だ。最初はレディかと思ったが、まさか男の子だったとはな。シュヴァリエ公爵がこんなにも世話を焼くなんて、もしかしてフィン様は……)」


「隠し子!?」


 キースは考え抜いて出した結論を思わず口に出すと、横にいたミルがすぐさまキースの頭を叩く。


「副団長、本当に貴方ってこういうのに変に疎いですね」


 ミルは小声でキースに耳打ちする。


「な、なんでだ!?違うのか?」

「恋人ですよ恋人!ほら、春先に噂になっていたじゃないですか!」

「なに!?シュヴァリエ侯爵はこんな幼い子がタイプなのか!?」


 ひそひそと話す二人だが、リヒトには丸聞こえだったため、リヒトは立ち上がって二人をじっと睨み付ける。
 フィンの体とはいえ、二人はその気迫に慄き目を震わせた。

 リヒトは腕を組んでじーっと二人を睨み付けていたが、ある瞬間から途端にその表情は柔らかくなり、それどころか愛くるしい小動物のような雰囲気を醸し出したため、二人はキョトン顔で固まる。
 しかめっ面の美少年は、いつのまにか朗らかな笑みを浮かべ優しい瞳をしていた。
 一方のリヒトは、既視感のある冷ややかで凛とした表情に戻っており、口内に残る甘い味を感じて眉間に皺を寄せていた。


「あ、もどった」


 フィンは自分の体に戻ったことを認識すると、にぱっと笑みを浮かべてリヒトを見る。リヒトも自身の体に戻ったことを認識し、首を回してから紅茶をゆっくりと飲んだ。


「無事に戻ったようだ」


 リヒトは指を動かし問題なく入れ替わりが戻ったことを確認すると、フィンを膝に乗せて頭を撫でる。


「問題ない?具合は?」


 リヒトの甘く低い声色。フィンに対して、花を愛でるように繊細に気遣うそのすがたに、キースとミルは口をあんぐりと開けていた。


「大丈夫だよ!……あ!」


 フィンはキースとミルを見てふわっと笑みを浮かべる。


「改めまして、フィン・ステラです。ご迷惑をおかけしました」


 フィンはリヒトの膝の上で二人に微笑みながら挨拶をすると、二人は背筋を伸ばして顔を赤くする。


「キース、ミル。こんなタイミングだが、覚えておくがいい。私の大事な恋人だ、丁重に扱え」


 リヒトは恥じらいもなくフィンの髪の匂いを嗅ぎながらじろっと二人を睨みつけてそう言い放つと、リヒトの強い執着を見た二人がゾクリと背筋を震わせた。


「「御意!」」


 二人はリヒトに畏怖を感じ反射的に立ち上がって敬礼をすると、それを柔らかくほぐすようにフィンが笑みを浮かべる。
 キースとミルはフィンの笑みに魅了され、すっかりぽわーっと気の抜いた表情になった。


「あの、ミルさん。ドーナツすごく美味しかったです!僕お菓子が大好きで、一緒に食べてもらえたのも、楽しくてすごく嬉しかったです」


 フィンは純粋な笑みを浮かべながらそう伝えると、ミルは満面の笑みを浮かべる。


「フィン様!私はスイーツのことであればなんでも知ってます!!また次お会いした時に美味しいスイーツを持っていきますので、楽しみにしていてください」


 ミルは興奮した面持ちでそう言うと、フィンは心底嬉しそうにはにかんでリヒトを見上げた。


「……ミルに会う機会を作ってあげよう」

「ありがとうリヒト」


 リヒトはフィンの笑顔に弱いと知ったキースは、小さく口を開く。


「フィン様。私はフィン様より少し上の弟がいまして……ぜひ友達になってはもら」


 キースがそう言いかけると、リヒトが口を挟む。


「お前の弟よりもフィンのほうが年上だ」

「えっ!?」


 キースはまじまじとフィンを見つめる。
 あどけない雰囲気がより幼さを演出しているのか、小動物のような愛らしさを感じさせるフィンより、自身の弟の方がよっぽど年上に見えてしまったキース。
 リヒトはじろっとキースを睨み付けた。

しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...