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一年生・秋の章
お楽しみキャンディ “入れ替わり味”④
しおりを挟むシュヴァリエ家の専属騎士団“ソレイユ”の副団長キースと、一番隊隊長・ミルは、約束ちょうどの時間に本邸へと足を運んだ。
月に一度、騎士団の公的な書類をリヒトに渡す日。毎度のことながら緊張する二人の顔は、いつも通り強張っていた。
「ソレイユ騎士団・副団長のキース」
「同じくソレイユ騎士団・一番隊隊長ミル。シュヴァリエ公爵に月報書類を提出しに参りました」
二人に呼応するように本邸への入り口が開き、そこには背を向けている大魔法師の姿。
差し込む光に照らされた所為なのか、楽園の神のように神々しく、しかしそれでも奈落の悪魔のように冷ややかな雰囲気を持つリヒトに、二人はおそるおそる近付いた。
二人がリヒトだと思っている人物は、足音が聞こえるとパッと振り返る。中身がフィンに入れ替わっていることなど露知らず、いつも通り表情を崩さないリヒトの姿に、二人は息を飲んだ。
「こんにちは~」
しかし、その形の良い唇から溢れたのは、全く畏怖を感じさせないリヒトの声だった。確かに声はリヒトそのものだが、声色と雰囲気が柔く、そして優しい。
「……?」
キースとミルはキョトンとした表情で互いに目を合わせる。
そもそも今まで“こんにちは”などと言ったことはあっただろうか。二人は何事かと動揺を示しており、フィンは“しまった”という表情を浮かべて真顔で口を開いた。
「少し気が緩んでいた。先程まで双子の相手をしていたからな」
フィンは必死にリヒトの手解き通りに発言をする。失敗をした時のセリフをいくつか覚えていたため、フィンは咳払いをしながらなんとかその場を切り抜けた。
「そ、そうですか。なんだかいつもと雰囲気が違うので驚きましたぁ」
ミルは焦ったように笑みを浮かべながらそう答えると、キースが一歩前に出て片膝をつき、騎士団の紋章の彫られているケースが手渡される。これに書類が入っているので、後は受け取るだけだ。
「シュヴァリエ公爵、こちらいつもの騎士団報告正式書類となります。ご確認後、アーカイブへの保存をお願いいたします」
フィンはそれを受け取ると、癖なのかニコッと笑みを浮かべて「ありがとう御座います」とお礼を言ってしまう。
「「(ありがとう!?そして笑顔!?)」」
二人が顔を引き攣らせたため、フィンは慌てて真顔に戻り咳払いをする。
「……ご、ご苦労。先程まで姉と話をしていたからつい」
「な、なるほど」
キースは苦笑しながら返事をする。
「あ、すみませんシュヴァリエ公爵。余計かも知れませんが、前にお菓子の美味しいお店を質問されていたこと覚えてらっしゃいますか?
じ、実はこの間の任務先で行った南部の土地でスイーツを沢山買いすぎてしまって。宜しければ如何でしょう」
ミルはおそるおそるスイーツの入った箱を差し出すと、フィンは一気に表情を明るくさせてそれを両手で受け取った。
「あ、ありがたく頂こう。中を見て良いか?」
フィンはすっかり表情を緩めてしまうも、口調はなんとかリヒトを保ちミルに質問をする。キースはギョッとした顔を浮かべ幻覚ではないかと目を擦っていた。
「は、はい……!もちろんです!」
ミルは受け取ってもらえたことはもちろん、思いがけぬ言葉に目を見開き、笑顔で頷く。
フィンは箱をそっと開けると、中には色とりどりのドーナツが入っており、フィンは思わず涎を垂らしながら目を輝かせた。
二人からすれば、スイーツを見て目を輝かせるリヒトとして映っていたため、驚きを隠せず口をポカンと開けていた。
「ドーナツがたくさん。ありがとう」
フィンは首を傾げ、目を細めて小さくはにかむ。
「ほへ」
初めて見るリヒトのはにかみに、ミルは一気に顔を赤くして湯気が立ち込めていた。元々完璧な見た目をしているリヒトが、普段の厳かな雰囲気を取り払い優しく笑みを浮かべればこうなるのは致し方ないこと。
長く騎士団にいるキースも、こんな表情は見たことがないぞとその美しさに目を見開いた。
「あ!そうだ、良ければいっしょに頂かないか?」
「「えぇ!?」」
リヒトからお茶に誘われることなんて今まであっただろうか。二人は目を見合わせると、「ぜひ」と声を大にして頷いた。
---------------------------------
紅茶とドーナツを嗜みながら会話をする三人。会話を続けていくうちに、キースはリヒトであろう人物に対する違和感が徐々に膨らむ。
「(この人は本当にシュヴァリエ公爵なのか……?おかしい、おかしすぎる)」
キースはチラッとミルに視線を送ると、ミルも同じ考えだったのか困った表情を浮かべる。そもそも敵の変装だとしても全く意図が読めない。
ここはシュヴァリエ家の本邸で、なおかつ当の本人は美味しそうにドーナツを頬張っている。完全に毒っけの無い純粋な雰囲気が、二人を惑わせた。
「あの……シュヴァリエ公爵」
キースはおそるおそる口を開く。
「?」
フィンは首を傾げ目を丸くした。
「貴方は本当にシュヴァリエ公爵なのですか?」
フィンは、途端に目を見開き動揺をする。
リヒトが騎士団の者と仕事をする姿は正直見たことがなく、どう接しているかも分からない。リヒトはあまりこういうことはしないのかも知れないと気付いたフィンは冷や汗をかいた。
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