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一年生・夏の章

呪われた乙女⑦

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「さすがにエルフにトリつく“クロ”まではハラえぬ。こちらのセカイのドウリでハラエ。できるか?ギンイロ。フィンはマモる」


 シルフクイーンはリヒトをギンイロと呼び問いかけると、リヒトは少し笑みを浮かべて立ち上がる。


「勿論そのつもりです。フィンを頼みました」



 リヒトはローザの前に再度立つと、冷酷な眼差しで見下ろし首に杖を突き立てた。



「フィンに命を救われたな。もう少しで私は貴様を殺していた」

「……はぁ、はぁ」

「散々愛しいとほざいた割には、蝕む“黒”に操られフィンを冥界に送ろうとするとはな」

「……」


 ローザは先程の冥界を開き触手を召喚したことで大量の魔力を失ったため、息を切らせ涙目で縋るようにフィンを見た。

 今までお世辞にも“良い生き方”をしてこなかったローザ。家柄、権力、美貌、財産を盾にして驕り、時には自分に不利な存在を排除してきた。
 貴族の悪い部分を凝縮したような自分は、他者の闇の部分に気付くことも簡単だった。しかし、フィンは何にも染まっておらず、ひどく純粋で、ローザはその白さを必然的に求めた。

 自分に無い、清らかな感情。そして、この世で最も手に入れるのが難しいとされる男から、一心に愛情を受けるその姿。

 ローザは、フィンへの嫉妬心がいつしか興味に変わり、その興味が黒魔術を失敗に導いたことから、行き場のない黒き魔力がフィンに対する興味を異常なまでの恋愛感情に変換されていた。
 しかし、ローザはその事に気付いていない。自分はあたかも心の底からフィンを慕っていると錯覚し、偽りの感情に溺れていたのであった。


「私は、どうなるんです」


 ローザは息を荒げながら、恨めしそうにリヒトを見上げる。頭がぼーっとしている中、なんとかローザとしての自分の意識を引き出して問いかけた。


「私の髪はパーティーで盗んだのだろうが、フィンに盛られた睡眠薬、関わっていた子息達が殺された事件は証拠がない。今回貴様を裁くのは“禁書所持違反”と“非承認の黒魔術実行“、“禁止薬物の無許可使用”の三つの罪だ。家門に傷が付くことは間違いない裁きが下る、覚悟しろ」


 リヒトは全てお見通しと言わんばかりの表情でローザを見下ろすと、ローザは悔しそうに表情を歪め、やがて諦めたように杖を床に落とす。


「……」


「そのフィン対する強烈な恋心も、黒魔術の途中解除の影響による副作用だ。今から私はそれを解除する。それで幻だったと今思い知るだろう」


 リヒトは杖を軽く振ると、ローザの目の前に白い魔法陣が出現する。それに反応するように、ローザの身体はガクガクと震え、思わず嘔吐した。
 黒魔術が抵抗するように反応すると、ローザの身体から触手が飛び出しフィン目掛けて飛んでいく。シルフクイーンはそれを風で浄化しフィンを守った。


「いいか、私を舐めるな。貴様の浅はかな思惑で、私とフィンとの繋がりを崩せやしない。……髪の毛一本でどうにかなるなら、この世界は混沌に陥る。もう少し慎重に動くべきだったな」


 リヒトはもう一度杖を振るうと、魔法陣からは白い雷のような波動が暴れ、それはローザを一気に突き刺していく。


「キャアァァア!!!!」


 ローザは一瞬声を上げるも、その後は唸り声を上げ泣きながらフィンを見つめた。


「フィンくん……」


 切実に自分の名を呼ぶローザに、フィンは同情の感情を向け祈りを捧げるように両手を重ね目を閉じる。
 その様子を横目で見たシルフクイーンは、その清らかさに目を細めた。


「フィンくん……フィンくん!」

「その名をお前が口にするな」


 縋るように泣き叫ぶローザを見ても真顔のリヒトは、貴重な素材であるドラゴンの鱗とサンダバードの羽を懐から取り出し、魔法陣にそれを宛てがった。


「サタナキア、プルスラス、アモン、バルバトス。黒の魔術を生み出し悪魔よ。リヒト・シュヴァリエがドラゴンの鱗で呪いを剥ぎ取り、サンダーバードの羽で偽りを払う」


 リヒトがそう唱えると、ドラゴンの鱗が光り輝き、ローザの体内に取り込まれていく。その後、不死鳥の羽が巨大化し、ローザを吹き飛ばすように一度風を起こすと、ローザの体内から黒い魔力がどんどんと溢れやがて浄化されていった。
 行き場がなく術者に跳ね返り、興味を持ったフィンとの繋がりを求め暴走した黒魔術は、リヒトの手によって今終わりを迎える。


「この者の呪いを解き放て」


 最後にそう唱えたリヒト。
 ローザの身体から黒い魔力が抜けきり浄化されたのを確認すると、眠るように横たわるローザを見下ろして軽く息を吐いた。



「フィン」


 リヒトは振り返りフィンの元へいくも、フィンは祈りを捧げたままぼーっとした表情を浮かべ、横たわるローザを眺めている。リヒトはそれを邪魔することなく、シルフクイーンとただ見守った。


「(フィンにとっては、ついこの間まではミスティルティンで共に働く仲間だったな。ショックを受けるのも無理もない)」


 リヒトはもう一度ローザに目を向ける。

 ローザは泣きながら眠りにつく間際、「フィンくん」と小さく口を動かしたのを、リヒトは見逃さなかった。
 浄化したはずのローザからその名が紡がれるその意味を、リヒトは薄々気付く。

 
 それでも、今はただフィンが自らを守り成長を遂げたことを誇らしく思い、小さく笑みを浮かべた。


「フィン。メイカイにひきずられそうになったというのに、あのオンナのためにイノルとは。ホントウに、イイコすぎてシンパイだ」


 シルフクイーンはやれやれと首を振って腕を組みため息を吐く。


「そう、だよね……何となく、祈らずにはいられなくて。ローザさん、ミスティルティンでは一生懸命働いてた。みんなに気を配って紅茶を出してくれて、お客さんにも丁寧に接客してたから人気で……。僕を、そんなローザさんのこと尊敬してた」


 フィンはグッと涙を堪えると、小さく笑みを浮かべてリヒトを見る。
 その健気な姿に、リヒトはおろかシルフクイーンも胸が締め付けられる気持ちになった。


「リヒト、ローザさんを助けてくれて、ありがとう」


 フィンの純粋で澄んだ心から生まれる感謝の言葉に、リヒトは目を細め思わず白くて柔らかな頬に触れた。


「ああ……君が咄嗟にシルフクイーンを呼んで身を守った。だから俺はあの女を殺さずに法で裁くことができる。礼を言うのは俺の方だよ」


 リヒトはフィンを力強く抱き締める。
 窓際にいた王族の伝書梟は、それを見届けて王城へと飛び立っていった。
 
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