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一年生・夏の章
呪われた乙女⑥
しおりを挟む「……そう。仕組まれていたのね。貴方はフィンくんを利用した。いいようにね」
ローザはチラッとフィンを見る。フィンはその視線を受け止め、逸らすことなくじっと見つめた。
フィンがリヒトに操られていると歪曲したローザは、リヒトを激しく睨み付ける。
「フィンくんは貴方に逆らえなかった。貴方のやっていることは、ただ力を持たぬものに対する征服行為です。純粋な庶民を洗脳したにすぎないわ。そして日常的に性を搾取している。まるで玩具のように」
ローザの言葉に、リヒトは動揺することなく形の良い唇を開いた。
「貴様が我々の何を知っている。黒魔術に頼って私を手に入れようとしたお前が、果たして私に指図できる立場かよく考えるといい。教養のあるはずの伯爵家の娘がこんな粗悪品に騙され、禁止薬物の自白剤まで使用した。最早処分は免れないぞ」
リヒトは軽蔑する顔でローザを見下ろし、ローザが所持していたはずの黒魔術本を目の前に投げた。
「っ……それは」
ローザは見覚えのある魔術書を見ると、何故そこにあるのかと顔を引き攣らせる。
「燃やしたはずなのに、とでも言いたげだな」
リヒトは一切の情を持たず冷たく薄ら笑みを浮かべる。遠くで見ているフィンは、普段は自分に見せないその冷たい表情を見てゴクリと唾を飲んだ。
「わざわざレーランシーまで赴いて燃やしたんだろうが、処理が甘かったな。灰が丸々残っていたから魔法で回帰が可能だった。所々修復は出来なかったにせよ、貴様が用いた黒魔術の頁は確認済み。フィンへ語った内容は、全て梟が記憶した」
リヒトは王族のスカーフを巻いた伝書梟を召喚すると、ローザはギリっと歯を食いしばって恐ろしい形相でリヒトを睨み付ける。感情に伴い体内から黒い魔力が溢れ出し、ローザ自身が蝕まれていく光景。
フィンはどんどんと狂気じみていくローザに瞳を震わせた。
「もうそんなことどうでもいいわ館長……いえ、大魔法師様。貴方じゃフィンくんは幸せになれません。貴方の愛の重さに、あの子は潰れてしまう。そうなる前に早く手放して」
ローザは俯き加減でさらに続ける。
「そして私にあの子をくださいな」
ローザはニッと口角をあげ、光の無い瞳で我を忘れたようにフィンに向かって杖を振る。
「!?」
フィンの下から黒い魔法陣が浮かび上がり、瞬時に黒い触手が湧き上がると、それはあっという間にフィンの身体に纏わりついた。ローザは一気に魔力を失ったため、ふらつきながら後ろに後退り壁にもたれかかって肩で呼吸をする。
「(黒魔術の暴走……冥界への扉を開いて生贄を取り込もうとしている)」
黒魔術の起源は、禁呪手である冥界の悪魔との契約。レベルの高い黒魔術が失敗すれば、冥界から引き摺り込まれる術者が過去にいたことも報告されていた。
ローザはフィンに心が動いたために失敗し、正式な方法を踏まずに黒魔術を途中で辞めた。どんな跳ね返りが起こるかが未知数だったが、ローザの心と相まって暴走の矛先がフィンに向いたため、リヒトは怒りの表情を浮かべてローザに杖を翳す。
「殺す」
術者が命を落とせば、黒魔術は消える。
リヒトはローザに向かって低く殺意の篭った声で一言発すると、それを聞いたフィンが大声で叫んだ。
「だめリヒト!殺さないで!」
フィンは触手に身体を絡め取られ身体が半分魔法陣に吸い込まれながらも、左手に杖を握りしめていた。
リヒトはフィンの声を聞くとピタッと動きを止める。普段頼み事すらあまりしないフィンが、ここにきて大声でリヒトに切実に叫んだため、リヒトは戸惑いの表情を浮かべローザに杖を振り翳したままフィンを見た。
「無詠唱で呼ぶ練習、してて良かった」
フィンがぎゅっと杖に力を込めると、腕輪が光り頭上に淡い緑の魔法陣が現れた。
「シルフクイーン、僕を助けて!」
フィンの呼びかけに応じるように、魔法陣は神々しく輝いて突風が吹き荒んだ。
「フィン……」
いつのまにそんなことが出来るようになったんだ、とリヒトは驚きの表情でその様子を見守る。
花弁を舞わせながらシルフクイーンが華麗に召喚されると、その綺麗な宝石のような瞳は、フィンが冥界に引き摺られていることを瞬時に理解した。
「メイカイのショクシュか。フィンをツレテいくキだな……セカイジュのカゼ!」
シルフクイーンは世界樹で出来た大きな杖を持つと、それを何度も振り翳して浄化していく。すると、触手達はピタリと動きを止めて逃げるように黒い魔法陣へと戻っていったため、シルフクイーンはフィンを引っ張り出し生贄化を阻止した。
「ふん、ゾウサもない」
シルフクイーンの浄化により、魔法陣はそのまま割れるようにして消えていく。
冥界の呪われた魔術を浄化するには、天界や精霊界の力もしくはそれを宿した物が最も有効的。フィンはそれを理解していたため、瞬時にシルフクイーンを呼んだのであった。
フィンはほっと胸を撫でおろし、シルフクイーンに「ありがとう」と言って優しく笑みを浮かべる。
シルフクイーンはフィンに飛び付き、むくれた顔でフィンを見つめた。
「まったく、イッタイなにがどうなってメイカイなんかと。シンパイではないか……」
「ご、ごめんね。ちょっとトラブルで」
フィンは申し訳なさそうな表情で謝罪をした。
「フィン!よかった……心臓が止まるかと思った。君は俺の予想を遥かに超えるようなことをするね」
リヒトは慌ててフィンの元へ駆け寄ると、膝を床につき手を握りしめちゅっと手の甲にキスをする。フィンは少し照れた笑みを浮かべ
その光景を見たシルフクイーンは、首を傾げ嫉妬混じりで苛ついた表情を見せた。
「ダレだこのナレナレしいハイエルフは。まるでサタンのようなカミのイロ、もしかしてアクマか?」
シルフクイーンが皮肉混じりにそう言うと、フィンは困った表情を浮かべ、リヒトは真顔でシルフクイーンを見つめた。
「シルフクイーン。私のフィンを助けていただきありがとうございます。このローザリオン王国の大魔法師、リヒト・シュヴァリエと申します」
リヒトは淡々とシルフクイーンに自己紹介をするも、フィンを自らのものと強調したため、シルフクイーンは嫉妬心丸出しでリヒトを品定めするように睨む。
「ふん、そのワカサでダイマホウシか。タシかに、ササるくらいにバクダイなマリョクがミえる。ソウトウつよそうだ(キレイなカオしてるが、フィンとちがってヒネクレテそうだな)」
「お褒めの言葉光栄です」
シルフクイーンはじろじろリヒトを眺めていたが、ふと視界の端にローザが入ると、シルフクイーンはローザに向かって指をさす。
「……む、あやつノロわれてるではないか。フィンをオソッタのはあのショウジョか」
「う、うん……」
フィンは切なげに頷き、黒いオーラに汚染され震えながらもなんとか立って杖を握り締めるローザを見つめる。
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