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一年生・秋の章
お楽しみキャンディ “素直味”
しおりを挟む「せんせー、やっほー」
まるで会いに行くのが当たり前かのように、自然にジャスパーの執務室に入るセオドア。
「……お前、唐突に入るんじゃない。ノックぐらい出来ないのか不良生徒」
ノックをしても、返事を待たずに部屋に入る癖が付いているのを、ジャスパーは眉を顰めて嗜める。
「そんなに怒らなくてもいーじゃん。不良じゃないし」
セオドアはニコニコ歯を見せながら笑みを見せ、悪びれもなくいつものように椅子を動かしジャスパーの横に座ると、肘をついてジャスパーを眺める。
「そんなに制服を着崩してる不真面目なやつはそうそういない」
「あはは、成績上がってるしいーじゃん」
「……用もないのに来るな」
「あるよ?せんせーに会いたいから来てんの。俺にとっては大事な用事」
セオドアは何の迷いもなくジャスパーが口が裂けても言えないようなことを平気で言って退けるため、ジャスパーは一瞬口籠る。相変わらずあまり視線を合わせないジャスパーだが、セオドアは気にせずにジャスパーを見つめた。
「怪我はもういいのか」
ジャスパーは、ボロボロになっていたセオドアの姿をふと思い出して問いかける。
エリオットからミネルウァで働く教師陣に招集がかかり、帝国のスパイがミネルウァに潜り込んだと言う報告を受け、教師も警戒するようにとお達しがあった。それに巻き込まれたのがフィン、ルイ、セオドア、ギュンターの四名。
ドラゴンの使い手がギュンターに憑依し、その炎がセオドアを巻き込んだと聞いた。
「あはは、いつの話?微妙に痕残ってるけど、もうそろそろ消えると思うよ」
一歩間違えれば命だって落としかねない事態だったはずなのに、聞くところによれば、セオドアは魔法薬を駆使してドラゴンの炎を抑えたらしい。セオドアがこうしてピンピンとしていることに、口に出すことはないにしろ、ジャスパーは安心していた。
「そうか、ならいい」
ジャスパーは目を合わせずぶっきらぼうに一言発すると、一度ペンを置き別の資料に手を伸ばす。
セオドアはその手を掴み、気を引くように少し引っ張った。
「そんなことよりせんせー。疲れてる時に甘いもの食べたくならない?」
「甘いものはあまり食べない」
ジャスパーは真顔で即答する。
「いーから、目つぶって口開けて」
「なぜだ」
「お菓子あげるから。ね?お願い」
こうなるとセオドアはしつこい。
菓子の一つぐらい良いかと諦めたジャスパーは、言われた通り目を瞑って口を開いた。
口から覗くジャスパーのピンクの舌に一瞬興奮を覚えたセオドアは、いかんいかんと首を振る。
「(そもそも、目を瞑る必要あるのか?)」
疑問に思うジャスパーだったが、言われた通りに目を瞑りそのまま開けずに待っていた。
セオドアは怪しまれないうちにと、フィンからお裾分けされたお楽しみキャンディをすぐさまジャスパーの口に放り込む。お楽しみキャンディーは幻想的な配色が多いため、もしバレると食べてくれない可能性の方が高い。
ジャスパーはパチっと目を開け、口に放り込まれたキャンディを確かめるように舌で転がす。
「キャンディか」
口に広がる柑橘系の味。久しぶりにキャンディを食べた、とジャスパーは内心思う。
「おいしい?」
「悪くない。ミルク系よりは断然良い」
「よかった」
セオドアはジャスパーがどう変化するかニヤニヤしながら見つめる。
「……なんだ?」
ジャスパーはその視線の意味が分からずに首を傾げる。
「んーん?なんでもない。先生がキャンディ舐めてるのが珍しいから見てるだけ(あれ、変化しないな)」
ジャスパーは少し不思議に思いながらも、仕事を再開するべく資料を手に取って羽ペンを動かした。
少し待っても見た目に変化が出ないため、セオドアはジャスパーに質問をするべく口を開く。
「ねーせんせー、好きな食べ物は?」
「魚や野菜の入った料理だ」
「そうなんだ。初耳!(そもそも合ってるか分からないし、いつも通りっぽいし質問ミスったな)」
「…………」
急に何の質問だ、と言いたげな表情を浮かべるジャスパー。セオドアはさらに質問を続ける。
「じゃあー、俺のこと好き?」
大抵こう聞くと、“急に何だ”、“変なことを聞くな”、“からかっているのか?”こんな感じで返してくることが多い。
ジャスパーは実際不機嫌そうに眉を顰めたが、舌先から離れた言葉は自分でも予想出来ない言葉だった。
「当たり前だ」
すんなりと認めるジャスパー。
ピタッと羽ペンの動きが止まり、思わず目を見開いた。まさか自分がすんなりと認めるような発言をこのタイミングでするとは思えず、混乱した表情を浮かべる。
「えー……俺もー……!」
セオドアは驚きのあまり口をあんぐりと開けながら、自分も同じ気持ちだと伝え目を輝かせる。
「これってもしかして素直味?めちゃくちゃレアな味じゃん!」
対極である天邪鬼味である可能性は一切疑うことなく、ジャスパーが自分を好きに決まっているという自信がそこにあったセオドアは、興奮した面持ちで立ち上がった。
ジャスパーはセオドアを見て顔を顰め、冷や汗を流す。先程目を瞑らなかった理由はこれかと頭を抱えた。
「お前な……お楽しみキャンディを教師に食べ出せる馬鹿がどこにいる?」
「ここ」
「…………」
ジャスパーは呆れ顔を浮かべ溜息をつく。
「いやーネコ耳でも生えてくればいいなとか思ったけどさ、まさかスーパーレア引き当てるなんて!」
「俺に動物の耳が似合うわけないだろう。お前の方がよっぽど似合ってた」
ジャスパーはまたもや秘めたる思いを吐き出してしまい、少し顔を赤らめ顔を引き攣らせた。
「あはは、狼似合ってた?」
セオドアはニィッと口角を上げてツンツンとジャスパーの手をつつきからかう。
ジャスパーはセオドアを軽く睨み付けると、眼鏡のブリッジ部分を指で押さえた。
「お前な、こんな邪魔をするなら帰……」
ジャスパーはそう言いかけるとピタリと動きが止まる。まるで何かと葛藤しているような表情を浮かべていたため、セオドアは首を傾げた。
「せんせ?どしたの」
「かっ、かっ……」
続きを話そうとするジャスパーだが、キャンディの効果に引っ張られているのか中々言葉が出ない。
「ん?」
「こんな、邪魔、するなら」
「うん」
セオドアがニコリと笑みを浮かべジャスパーの手を握ると、耐えきれなくなったジャスパーが口を開く。
「か、かっ、……かえ、」
「ん?」
セオドアはまるでこの先の言葉が何なのか予言したかのように目を細めながら、わざとらしく問い詰めた。
ジャスパーは瞳を震わせながら、もう限界だと言わんばかりに言葉を紡ぐ。
「帰らないでくれ…………」
ジャスパーは言い終えると悔しそうな表情を浮かべてからすぐに机に突っ伏し、もはや諦めたように何も言わずに黙りこくる。
「せんせ……そんなに俺のことが好きなんだね(きゅんきゅんきゅんきゅん♡)」
「……(クソっ……)」
セオドアは満足げな表情で笑みを浮かべると、キャンディの効果が無くなってもしばらくそのネタでジャスパーを弄り続け怒らせたのであった。
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お楽しみキャンディを製造している場では、またもや怒号が飛び交う。
「おい!誰だ、ここにあった廃番のキャンディ出荷したの!」
「なになに、なんかあったの?」
「素直味だよ。自白剤と似た成分を100分の1に薄めて作ったやつ。スーパーレアな味で出荷してたけど、これ国からとうとう怒られたんだ。抗議したけど禁止薬物と似た作用だから、効果が薄くてもダメだって。あーもうどうすんだよ馬鹿ー!」
「そこにあったのは10粒ぐらいだろ?バレやしねーよ、もう作らなきゃ問題ねえ。バレたら、怒られる前に出荷した物だって言えばなんとかなる。もう作ってないんだしな」
「あー確かに。まいっか!あはは」
やはり、お楽しみキャンディの製造は適当だった。
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