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一年生・夏の章

呪われた乙女⑤

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怒りませんし、誰にも言いません。だから教えてください、何が目的だったのか、僕にだけ」


 フィンが優しい表情のままそう問いかけると、ローザは明らかな動揺を見せつつも不安げに俯く。ローザはフィンを信用しているのか、ぽろぽろと言葉を発した。



「最初は館長を……この国の大魔法師様を、手に入れたかったの。このままでは父上の決めた方と結婚しなければならない。そんなの嫌、私は自分が求めた方と結ばれたいって」

「……」

「美しく、高貴で、歴代最強の大魔法師。誰もが憧れるあの方を手に入れたくて必死になった」

「だから、黒魔術を?」


 フィンは哀れむような顔でローザを見る。


「……ダメなのは分かっているわ。黒魔術は王国が禁止しているから、教育を受ける機会もない。でも、黒魔術には縁結びの類もあると知って、私は裏のルートで黒魔術書を手に入れた。その魔術書は王国の印も無く、未承認の怪しい物だったけど、私はそんなことどうでもよかった」

「……僕が、邪魔、だったんですよね」


 フィンの言葉に、ローザは目を潤ませ胸が締め付けられる思いで顔を上げた。


「最初はそうだったわ。でも貴方の純粋さと優しさに触れた時、心が動いてしまったのよ。そうなると一瞬だった。あれだけ恋焦がれた大魔法師様よりも……貴方を愛おしく想ってしまったの」


 瞳には僅かに黒い魔力が光り、フィンはそれを目視すると目を見開いた。

 リヒトの言った通りかもしれない。フィンはそう思いながら怪しげな瞳を見つめる。
 黒魔術は叶えるレベルによって代償が変わるもので、上級になると難易度も高い。魔法と違って失敗した時の術者への副作用、跳ね返りも重く、途中で辞める場合も正式な手順を踏む必要があった。
 フィンへの急な態度の豹変は、一種の跳ね返りが起きたとリヒトは予想していたのであった。



「ローザさん……きっと、それは本当の気持ちじゃ……」


 フィンがそう言った瞬間、ローザは豹変したようにフィンを押し倒す。


「違う……違う……私が好きなのはフィンくんなの……フィンくんが好きなの、フィンくんしかいない!」



 完全に取り乱したローザは、狂った瞳でフィンを見続ける。


「大魔法師様にそこまで愛される貴方が、私はとっても欲しくなってしまったの」

「ローザさん、目を覚まして」


 フィンは震える瞳で顔を強張らせた。


「ねぇ、知ってる?自白剤を飲ませると、そのひとの本質が分かる。貴方は優しい子のまま、真っ直ぐで純粋で、闇がなかった。綺麗な心だったの」



 ローザは親指でフィンの唇に触れると、ゾクっと興奮した表情を浮かべる。



「この感触、あの時と一緒……」

「っや、やめてください」


 フィンは驚いた表情でローザを突き飛ばすと、そのまま後ずさる。誰かを思い切り突き飛ばしたことがないフィンは、手を震わせながらも強気な目でローザを見た。
 しかし、ローザは怯むことなくフィンに近づきながら話を続ける。



「フィンくんが欲しくてたまらないの。毎日毎日毎日貴方のことを考えているのよ。でも貴方に同じ黒魔術をかけても、大魔法師様は私には殺せないじゃない。だから、頑張って奪わなきゃいけないの。私が気の毒でしょう?可哀想でしょう?」


 ローザはフィンの目の前に綺麗に立ち、愛情に狂った表情で怪しげに笑い見下ろす。


「ねぇ。家柄とか気にしないわ。元々政略結婚なんてうんざりなのよ。私を助けてフィンくん」


 フィンの良心を刺激するような言葉を並べるローザが、再びフィンに手を伸ばす。


「お願いよ」


 フィンの頬にローザの指が触れようとした時、パチンっと指を鳴らす音が部屋に響き渡った。


「!?」


 途端に、痛いほど殺気だった魔力が部屋に満ち、ローザは思わず膝をついて吐き気をもよおす。フィンもその魔力の影響を受け、グラっと壁にもたれかかりずるずると床にへたり込んで息を荒げた。



「かはっ……おぇっ……」



 えずくローザの背後から、マントを羽織ったリヒトが現れる。
 王家から大魔法師に支給される最高級魔道具の一つ“透明マント”を使用していたリヒトは、それで身を隠しずっと部屋にいた様子だった。その事に気付いたローザは、表情を歪めリヒトを睨み付ける。



「リヒト……」


 息を上げたフィンは、弱々しい声で恋人の名を呼ぶ。リヒトは殺気だった魔力を抑えフィンを抱きしめると、「辛いことをさせてごめんね」と頭を撫でながら囁いた。
 フィンは首を横に振り笑みを浮かべると、リヒトは安心したように目を細める。



「後ろに下がってて」

「はい……」


 フィンは言われた通り部屋の隅に移動すると、リヒトはローザに杖を向ける。
 ローザはニコッと笑みを浮かべ、ゆらりと立ち上がった。



「まさか、館長が覗き見するなんて……透明マントを使ってまで」



 ローザはぱたぱたと冷や汗を垂らしながら、震える手で杖をリヒトに向ける。



「使用許可は取ってる。これは計画的なものだ」


 本来ならローザに近づけさせることはしたくないリヒトだったが、アカシックレコードが使えない以上、言質を取るのが一番の方法だと考えたリヒトは、フィンから聞き出してもらうことを選んだ。
 その空間に自分も潜むことで、証拠を固めるために。


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