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一年生・秋の章

お楽しみキャンディ “天邪鬼味”

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 夏も終わりを迎え涼しくなったある日。
ローザリオン王国の秋が始まる合図は、王城を囲む立派な薔薇の壁ローズ・ミュールがブラウンに染まってからとなる。
 王城を囲む薔薇は四季によって変化する特殊な植物であり、春はピンク、夏は赤、秋は茶色、冬は白に変化するのが特徴だ。
 この日は薔薇の壁が茶色に染まった日として、王都に住む民はみな秋の始まり“秋薔薇の日”だと認識し、街は秋一色になるのだ。


 ミネルウァから帰宅したばかりのフィンは、リヒトがまだ仕事に赴いていることを確認すると、自室で鞄を置き整理をする。



「明後日の準備、と……あ、明日バイトの日だった」


 教科書やら何やらをせっせと準備するフィン。すると、“リーン”と甲高い音が鳴り響いた。


「本邸からの呼び出しだ」


 フィンは慌てて本邸へ繋がる扉を開く。



「お呼びでしょうか?」

「ふぃんー!」



 双子のシエルとノエルは、扉が開かれると、フィン目がけて飛ぶように走り笑顔で抱き付く。その後ろには、穏やかな笑みを浮かべるエヴァンジェリンがいた。


「わぁっ!シエルにノエル、びっくりしたぁ」


 フィンは嬉しそうに二人の頭を撫でると、ふにゃっと幸せそうに笑う。
 エヴァンジェリンはフィンが制服の姿なのに気付き、慌てて口を開いた。


「フィンちゃん、ごめんなさいね。今帰ってきたばかりだったかしら」

「エヴァさま!いま学校から帰ったところでした。でも全然大丈夫ですよ。お会いできて嬉しいです」


 フィンはにこりと愛らしい笑みを浮かべ目を細めると、エヴァンジェリンはきゅんっと胸が締め付けられる。



「フィンちゃん……今日も相変わらず可愛いわね(早く成人して、リヒトと結婚して私の弟にならないかしら……)」


 エヴァンジェリンがほのぼのとした表情で呟くと、フィンは首を傾げにへらっと笑う。


「ふぃん、おみやげー!」


 シエルは赤いリボンで封をされた真っ白な袋を片手に握っており、それをぐいっとフィンのお腹に押し付けた。
 その横でノエルはにまにまと笑みを浮かべる。


「おみやげ?嬉しいなあ」


 フィンはその袋を受け取ると、膝をついて双子を見上げ「ありがとう」と優しい声色でお礼を言った。
 双子は嬉しそうに顔を緩め頷く。


「どこかにいってきたの?」

「ぱーちー」
「おうさまのおうちのおにわ」


 双子はそれぞれ答える。
 フィンはよく分からず首を傾げエヴァンジェリンを見た。


「ふふ。今日は秋になった日だから、貴族の子供向けのパーティーが王城の広場であったのよー。道化師とかが集まっていて、変わったお菓子を配っててね。結構色々もらったから、フィンちゃんにあげたいって二人が」

「そうなんですね!」


 フィンはエヴァンジェリンの言葉を聞くと、双子を見てにぱっと笑う。


「あけてもいい?」

「「うん!」」


 フィンはリボンをといて袋を開けると、不思議な色をしたいくつかのキャンディが入っているのが目に入った。
 どれも神秘的な輝きを放っており、一つ一つ色が違う。


「わぁ、綺麗!こんな綺麗なキャンディ初めてみたよー」


 フィンは目を輝かせながら袋を覗き込む。


「それ、お楽しみキャンディっていうの。フィンちゃんは食べたことないかしら?子供にすごく人気なのよ」

「お楽しみキャンディ?ごめんなさい、僕そういうの疎くて」


 フィンは初めて聞くお菓子の名前に首を傾げる。


「食べると一時的に面白い事がおこるの。でもどれも何が起こるか分からないわ。フィンちゃん、一粒食べてみたら?」


「はい!」


 フィンはワクワクしながら、紫色のコントラストが美しい飴玉を口に放り込んだ。
 口の中には濃厚なミルクの味が広がり、フィンはその甘さに蕩けた表情を浮かべる。ころころと口の中で飴玉を転がしていると、双子とエヴァンジェリンは次第に目を見開いた。


「どうかした?」


 フィンは不思議そうに双子を見下ろし、視線の意味を問う。


「ふぃん、むらさきになっちゃった」
「むらさきおばけー!」


 エヴァンジェリンは口を手で抑え、クスクスと笑みを浮かべる。
 フィンはふと自分の手を見ると、肌の色が紫に変化していることに気付いたため、「わぁ!」と声を上げた。


「すごい、全身紫になってる!あはは」


 フィンは楽しそうに自身の体を眺める。


「五分から十分ぐらいで消えるわ。何が起こるか分からない、それがこのキャンディの面白いところよ」

「これ全部、効果がバラバラなんですね?おもしろいなあ……!こんなにたくさん、ありがとうございます!」


 フィンはニコニコとしながらエヴァンジェリンにもお礼を言い、双子達としばらく話してから、お楽しみ袋を持ち帰りリヒトの帰りを待つ。

 紫色のまま部屋で過ごしていると、リヒトが帰宅し、フィンに会うためにまっすぐ部屋に向かってコンコンと扉をノックした。


「フィン、帰ったよ」

「!」


 フィンは飼い主が帰ってきて興奮する犬のように喜びながら扉を開ける。


「おかえりリヒト!今日はちょっと、お外寒かったよねぇ」


 フィンは自分が紫色になったことを忘れ、リヒトにいつものように無邪気に接すした。先程まで“リヒトを驚かせよう”と思っていたようだが、自室で色々しているうちにすっかり忘れたようだった。
 リヒトはフィンを見た瞬間、言葉を失い目を見開く。


「…………(紫色?フィンの色違いがいるのか?)」


 リヒトは紫色のフィンに混乱しながら一瞬固まるも、丁度効果が切れてきたのか、フィンの顔や手足が徐々に白くなっていく。ほっと胸を撫で下ろしたリヒトは、フィンの机に置いてあった見覚えのある袋を見て全てを察した。



「フィン、驚かせないでくれ。お楽しみキャンディを食べたね?」

「あ、そうだった」


 フィンは照れ笑いを浮かべ自身の手を見ると、既に元の白色に戻っていることに気付く。

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