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一年生・夏の章

黒魔術と心変わり⑤

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「…………」


 ローザは、フィンの瞳の奥に宿る、リヒトの狂ったほど注がれた愛情を感じ取る。ここにリヒトはいないはずなのに、まるでフィンを縛り付け監視しているような愛情の片鱗が瞳の奥に潜んでいると感じたローザは、「こんな愛情……知らない」と怖気付いた表情を浮かべ唇を震わせる。

 同時に、あのクールで他者に興味を持たないと噂されたリヒトが、ここまでフィンに惚れ込んでいるという事実に、ローザは興味を持たずにいられなかった。



「何が大魔法師様をそこまで愛に溺れさせているのよ……顔が可愛い、性格がいいのは分かったけど、他にも秘密があるの?」

「……わから、な……」



 自白剤の効果が薄れてきたのか、フィンは目を閉じ意識を失いかけていたためまともに返事が出来ずにいた。


「キス以上もしてるって言ったわね。この細くて白い身体も、ものすごく魅力的なの?」


 ローザはフィンを押し倒すように顔を覗き込むと、興味本位で唇に親指を当て、その柔らかさにゾワッと身震いをする。
 天使のように美しく、それでいてどこか欲望を起こさせる雰囲気がフィンには間違いなくあった。


「柔らかい……それにすごく、綺麗な桜色でしっとりしてる」


 次に、髪を撫でたり頬を触る。その行為は次第にエスカレートしていき、ローザはくんくんとフィンの首筋の匂いを嗅いだ。



「甘い匂いね……なんだか興奮する」



 ローザは次第に息を上げながら、服が捲れ露わになったフィンのお腹をすりすりと撫で、指をとんとんと置いて笑みを浮かべた。


「どこを触っても気持ち良い。ずっと触ってたくなる……」


 ローザは最早自分が何をしているのか考えられないくらいに、フィンの身体を夢中で眺めて触っていた。
 ローザはフィンの下腹部を撫でると、キュッと服の上からモノを掴む。


「私にはないモノね……コレも毎晩可愛がられてるのかしら」

「んん……っ」


 少し意識を取り戻したフィンの口からは甘い声が漏れたため、ローザはドキッと心臓を高鳴らせる。


「(私ったら、これじゃあまるで、変態ね)」


 情欲を掻き立てるようなフィンの声は、ローザの気持ちを激しく揺り動かす。


「ねぇ、嫌じゃないの?自白剤を飲んでるからって、杖を持って抵抗ぐらいしたらいいじゃない」


 ローザがそう言い放つと、フィンは虚ろな顔で少しはにかみ、切なげにローザを見つめた。


「……だって、ローザさん女の子だから。万が一にでも傷つけてしまうのは、嫌なんです……」

「っ……!しょ、庶民のくせに、この伯爵家の私の心配!?」


 言葉とは裏腹に、フィンの切なげな気遣いにキュンキュンと愛おしさが溢れる感情が心の奥から湧き上がるのを感じたローザ。混乱とときめきがぐちゃぐちゃに入り混じった心の中を現すように、瞳が潤んで揺れていた。


「ごめんなさい……でも、こんな綺麗なひとに杖は向けたくないです。だからもう、こんな事やめてください、ローザさん」


 フィンは目を細め首を傾けながら、諭すように柔らかい声色でローザを説得する。 


「っ……もうっ!なんなのよ!」


 ローザは顔を赤くし、正気を取り戻して慌ててフィンから離れる。
 乱れた息を整えると、フィンの衣服を直し、逃げるようにその場を後にした。


「ローザさっ……」


 フィンは再び意識が遠のき、眠りに入る。



「私ったら、おかしくなったのかしら……何で急にこんな」




 フィンが次に目を覚ました時には、ローザとの自白剤が効いてからの会話は忘れており、休憩時間が終わりを迎えていたことに気付くと慌てて図書館内へ戻っていった。







----------------------------------






「…………」


 ある日のローザは、自分の髪の毛に結ばれた、リヒトの長い銀色の髪の毛を見つめながら大きなため息を吐く。
 というのも、前まではリヒトの髪の毛を見るだけでときめいていたというのに、フィンと会話をし身体に触れてから、フィンの事ばかりを考えるようになったのだ。
 純粋で愛らしく、何処か儚げで、それでいて柔らかい感触と禁じられた果実のような甘い香り。そして何より、悪意が一切ないその純粋さが醸し出す、汚したいと言う本能。

 それに、自分が女性だからと言う理由で杖を向けなかったその愚かな甘さから滲み出る深い優しさに、ローザは苦しそうに胸を抑えた。


「どうしちゃったのよ、私。……優しい言葉なんて腐るほど言われてきたじゃない」



 相手はただの器量の良い庶民と思っていたはずなのに、あの日からフィンが気になって仕方がないローザは、頭を抱えながら悩んでいた。
 

「……これって、恋なの?嘘よね、あんな女の子みたいで頼りなさそうな子を!?どう考えたって大魔法師様の方が魅力的よね……?」


 ローザはリヒトに抱かれるフィンを想像すると、ゾクっと身体を震わせる。
 それはリヒトに対する興奮ではなく、フィンに対するものだと気付いた時には、ローザはいつの間にかリヒトの髪の毛を燃やしていた。


「はぁ、はぁ、はぁっ……うそ、燃やしちゃったわ。今までの苦労が水の泡。どう考えたってこの選択は愚かなのに」


 せっかく手に入れたリヒトの髪の毛。
 夢で会話もし、偶然だがこの髪にも触れてもらえた。あとはフィンをどうにかするだけの筈だったのに。
 叶うかもわからない黒魔術に翻弄されるほど、リヒトが欲しくて堪らなかった。それなのに、その気持ちが揺らいだほど、ローザの心はフィンで支配されていた。



「私はあの子を……殺せない。いえ違うわ、殺したくない」

「こんなの認めたく無いのに……!」

「あの純粋な笑顔が頭から離れない。体の感触も唇の柔らかさも。本当の優しさも」

「わたくし、フィン君を手に入れたくなっっちゃったのね……?」


 ローザは自身の顔を細く美しい手で覆うと、涙を浮かべながら下唇を噛む。
 ローザの中にどんどんと芽生える、淡くも歪な恋心を、フィンは知らない。






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 ローザが使用していた黒魔術には、注意書きが小さく記載されていた。



【注意】
 術中に少しでも心変わりをしてしまうと、術の効力が消え、行き場のない黒魔術が術者へと跳ね返る。心変わりをした相手へくため、注意が必要。
 
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