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一年生・夏の章

黒魔術と心変わり④

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「ちょ、ちょっと、これ効いてるの?偽物?」


 ローザは懐から自白剤を取り出し、赤色の液体をまじまじと睨み付ける。
 紅茶を淹れた際に、フィンのカップに入れた用だった。


「貴方が大魔法師様の恋人?本気?」


 ローザがそう問いかけると、フィンは機械的に口を開き迷わずに言い放つ。



「はい。リヒトの恋人は僕です」

「……大魔法師様があなたみたいな子供っぽい子を?」


 ローザは、フィンの言葉に驚きぼそっと悪口を言う。


「そもそも庶民の分際で大魔法師様の恋人って言い張るつもり?貴方がそう思ってるだけでしょ?」

「信じられませんよね……」


 フィンは濁りなき瞳でローザを見据え、綺麗な声で返答する。自信なさげに言い放つが、その表情は愛おしさで溢れていた。



「でも、本当なんです。がっかりさせてごめんなさい」


 ローザは思わず息を飲む。



「だって……いくら顔が可愛いからって、貴方を恋人にするなんて。愛玩目的ではないの?貴族がお金のない見てくれのいい庶民をオモチャにするなんてこと、たまに聞く話よ!きっと大魔法師様には本命が別にいるはず、騙されてるのではなくて?」



 ローザはムキになったように声を荒げ、大魔法師であるリヒトが庶民を愛す訳がないと頭を抱えた。
 ローザは生粋の貴族教育を受けた身であるため、庶民を生涯を共にするという考えが根底からなく、また高貴な身分であるリヒトもそういう考えだと思っていたため、視界が揺らぐほど動揺している。



「うーん、僕には分からないです。あの……ローザさんは、リヒトの事が好きなんでしょうか?」



 自白剤が効いているフィンは、そんなローザの動揺を気にするそぶりもなく、単刀直入にローザへ質問を投げかけた。



「……そうよ。お似合いだと思わない?高貴な血を持つ者同士、見た目もいいし、私に似合うのは大魔法師様しかいないと思ったの」


 ローザは自身の胸に手を当て、自信満々にそう言い放つ。フィンはその様子を笑顔で聞き、特に怒ることもなく目を細めていた。


「僕も……ローザさんみたいに、胸を張ってそう言いたいです。ローザさんは貴族で、すごく綺麗で、魔力もたくさん。僕なんかよりうんと素敵な方です。ローザさんが僕をリヒトの恋人だと疑うのは無理もありません」


 フィンは悲しげな表情でそう言うと、ローザは引き攣った笑いを見せる。



「な、何よ……そんなしおらしい態度で騙そうとしても……いや、自白剤の効果がまだあるから本心だったわね。本当に調子狂うわ……」



 ローザは呆れたようにフィンを見つめると、やがて立ち上がりフィンの横へと座る。



「……いいわ、信じる。大魔法師様の好みが、貴方のような純粋で性格が良い子なのね(どうあがいても私には無理だけど)」

「……僕は鈍感で、ドジなんです。リヒトには迷惑ばかりかけてます」



 全く驕らないフィンの姿勢に、ローザはさらに調子を狂わせたように目を丸くした。大魔法師と交際しているのであれば、もう少し鼻高々にしてもいいのに。むしろその方がローザとしても叩きやすいと思ったが、全くもって調子が出なかった。



「はぁ……。貴方みたいな心が綺麗すぎる子、話していると調子が狂う。でも私も諦める気はないの。ねぇ、別れる気はない?さっきから聞いてれば、貴方自分に自信ないのね。これ以上一緒にいても苦しいでしょ?身の丈に合うお付き合いをした方がいいわよ」


 ローザはフィンに付け入る隙がないかを探るように、心に入り込んでいこうとする。


「……でも、僕はリヒトが大好きです。苦しいと思った事は一度もないぐらい、幸せなんです」


 フィンは一瞬目を細め、幸せそうに小さく笑みを浮かべた。ローザは面白くなさそうな顔で眉を顰める。


「あら、そうなの。まぁそうよね、大魔法師様を手放すなんて惜しいこと出来ないわよね」


 歪曲されたローザの解釈だったが、自白剤の影響で頭がふわふわしているのかフィンが何かを返す事はなく虚ろな表情を浮かべる。
 ローザは「ふん」と鼻で笑ってその様子を眺めた。


「で、キスはしたの?それ以上は?繋がりが深いほど、私の障害になるわ」


 ローザはフィンの顎を持ち、クイッと上を向かせ顔を覗き込む。初めて触れる白く滑らかな肌の感触と、純粋な瞳に魅了されたローザは、一瞬ピクッと反応を示した。



「(何かしら、今一瞬ときめいた……?)」



 ローザは胸を押さえて眉を顰める。



「キスもそれ以上もしてます……」


 小さく言い放ったフィンの言葉に、ローザの視界が一瞬揺らぐ。
 リヒトに身体を捧げているフィンを想像すると、身体に熱を持った感覚に陥った。


「そんな純粋な顔して、やることはやってるのね……大魔法師様も、こんな童顔の少年にまんまと引っ掛かるなんて。なんて言われて付き合ったのよ」


 ローザは少しぐったりとしたフィンの姿を見ながら肩を触り質問をする。


「運命の恋人、と言われました」

「……なんだか、意外とロマンチストなのね大魔法師様って」


 ローザはふとフィンの首元に目が行き、ギョッとした表情を浮かべる。
 顎を持ったことで、首元が若干露わになりキスマークが少し見え、ローザは思わずフィンの制服のボタンを少し外した。首には数個のキスマークがあり、ローザは生々しいものを見たと顔を赤くする。



「大魔法師様に愛されると、こんな風にキスマークを付けられるの?なんだか厭らしいわ」


 ローザはそのキスマークを見ながら、自分が付けられているような感覚に陥り少し息をあげる。


「…………」


 フィンはされるがまま、少し困ったように眉を下げた。


「あ、あの、そんなに見ないでください」


 フィンは目をぎゅっと瞑り震える声でささやかな抵抗を見せる。


「もしかしてこの下も?」


 ローザは狂ったようにさらにボタンを外し、中に着ていたブラウスを上にたくし上げると、上半身に大量に付けられたキスマークが目に飛び込む。


「うう……」


 フィンは顔を赤らめる。


「(何かしら……凄い綺麗。白い肌にたくさん花が咲いてるようだわ)」


 ローザは顔を真っ赤にし、狼狽えた表情を浮かべゴクっと唾を飲んだ。
 


「大魔法師様は……貴方にどんな愛を囁くの?」


 ローザは、自力では決して振り向いてもらえないリヒトを思い浮かべ、あたかも自分の恋人のように想像を働かせる。
 質問をされたフィンは、答えたくないと内心抗うも、自白剤の効果で勝手に口が開いた。



「好き、愛してる、可愛い、愛おしい、離さない、逃がさない、俺をもっと愛してくれ、君を全て犯しつくしたい、嫌と言ってもやめてあげない、全部脱いで全て見せて……」


 フィンは記憶にあるリヒトから言われた言葉を羅列していき、自白剤の副作用で眠気が来たのか、左右に揺れながらもぽろぽろと機械的に言葉を漏らしていく。
 ローザはまるで自分が言われたかのように妄想をし、恍惚とした表情でフィンの言葉を聞き続けていたが、何故かそれを言われて喜んでいるフィンを想像してしまったため慌てて首を横に振る。


「(いやね、何でこの子の想像なんか!)」



「ずっと縛って閉じ込めたいぐらい愛してるよ、何回も犯して俺のことしか考えられないぐらいに壊したい、小さい君の身体を蹂躙することしか考えられない、もっと俺だけを見てくれ、他の奴のことを考えるな、一生俺のものだ、その髪も目も口も肌も全て誰にもやるものか、フィン愛してる、フィン愛してる、フィン愛してる、フィン愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるあいしてるアイシテルあいしてるアイシテるあいシテルあいして……」


 フィンは半分意識がない状態で、狂ったように言葉を垂れ流すようになったため、ローザはハッとした表情を浮かべる。


「もういいわ!!やめなさい!!」


 ローザがそう叫ぶと、フィンはピタリと言葉を発するのをやめ、虚ろな目でローザを見つめる。

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