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一年生・夏の章

黒魔術と心変わり①

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「髪の毛は昔から、呪術の道具として使われていた」

「髪の毛にはその者の情報、魔力が入っている。分身を出現させるのに必須なアイテムだ」

「何かをするのに多くの髪の毛を必要とする訳ではない」


「必要なのは、数々の条件をクリアし、マニュアル通りに事を進めること。決して何も省かず、悟られず、見破られないこと。必要な物は惜しみなく使用する事」



 ブロンドの令嬢・ローザは、一冊の黒い呪術本を音読しながら妖しげに笑みを浮かべる。



「あの方の夢に出て、あの方の場所を感じて、結びつきの強い者を消し、最後にはあの方の心を奪う」


 ローザが嬉しそうに音読をしていると、奥からタオルを持った侍女が現れる。


「ん?そんな怪しげな本をお読みになってるのですか?お嬢様」


 ローザの侍女アリーは、苦笑しながらその様子を見て口を開いた。
 黒魔術はローザリオン王国では禁止されており、書物ですら許可がなければ所持は認められない。まさか自分のお世話する少女がそれを持っているとは思わなかったため、わざわざ中を覗き込もうとはしなかた。


「ふふ、普通の本より楽しいわよ?」


 ローザは一度本を閉じ誤魔化しながら楽しそうにそう返すと、アリーはやれやれと呆れたように表情を崩し、思い出したように人差し指を立てる。



「そういえば、お嬢様のことが好きだったあのブルーノ様、お亡くなりになったのご存知ですか?お嬢様も危ないですからね、夜の外出は控えてください」


「……本当に残念な事件ね。私も用心するわ」


 ローザの返答にアリーは満足そうに笑みを浮かべると、「では、お夕食の準備を手伝ってきます」と言って部屋から退出する。


「ま、私が大金で殺させたんだけどね。伯爵家の令嬢でよかったわ。私が少しでも怪しまれると厄介なのよね」



 ローザは危険な笑みを浮かべながら、再び黒い本を開いて食い入るように内容を眺めたのであった。



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 リヒトの夢の中は、謎の光が瞬いては消える事を繰り返し、リヒトはその鬱陶しさに顔を歪めた。
 瞬きをしたその刹那、仮面をつけたローザがリヒトの夢の中に現れ、目の前に立ち尽くす。しかし、それがローザだということにリヒトは気付かない。興味がない人物を記憶する事を昔からしなかったため、仮面を外したところですぐに名前を思い出すかは分からなかった。



「……(久しぶりに、“侵入者”がきたな)」


 リヒトは、何もない白い部屋で、ただ仮面をつけた女をただ目視する。こちらから何かすることはなく、向こうの出方を伺っていた。



「こんばんは、大魔法師様」



 聞いたことのある声だったが、リヒトは動揺することなく口を開く。



「夢にわざわざ侵入するなんて、何の用だ」


 昔同じ手口で夢に現れた令嬢を思い出したリヒトは、自分に興味を持つ令嬢の仕業かと軽く捉えていたが、仮面の不気味さに思わず思考を冴え渡らせる。



「あら、ただの夢ではないと言うのですか」


 仮面の女は可笑しそうに笑う。


「私の夢に貴様が勝手に入ってきていることは分かる。目的は?」


 リヒトは興味が無さそうな表情で相手に問いかける。


「……こうやってお話しにきただけですの」


 仮面の女は、仮面の下で笑いながら会話を続けた。


「なぜ顔を隠す」

「大魔法師様と違って、醜いからです」


 仮面の女の回答に、リヒトは表情を崩さず腕を組んで首を傾げた。


「……お前の顔に興味はないが、何か裏があることは勘づく。あまり面倒な事はやめておけ」

「……大魔法師様を困らせる気はありませんの。こうして話をするだけで幸せなんです(これが黒魔術の一環、ということはバレてはいけない」


「胡散臭いな。……私を好いてるのか」


 リヒトは心底興味がないといった表情で核心をつく質問をすると、仮面の女は鳥の囀りのように可愛らしい笑い声をあげた。



「はい、お慕い申しております。それはもう心から。大魔法師様はきっと慣れっこでしょうけど」

「悪いが、無駄な事だ」

「いらっしゃるんですか?恋人が。深い絆で繋がった方が。社交界では噂になっておりますよ」

「いてもいなくても、私が貴様を愛す事はない。消えろ」


 リヒトはそう冷たく言い放った後、過去に夢に現れた令嬢への冷たい態度を思い出す。 
 あの時の自分は、フィンとも出会っておらず愛を知らない存在だった。相手が自分を愛するという気持ちを理解出来ず、嫌悪さえ抱いたため、平気で相手を傷つけたこともある。

 だが、今は違う。フィンと出会い愛を知ってしまった以上、愛を拒み踏み躙ってしまう事が、相手をどれだけ傷付けるかということが理解出来るようになった。
 自分がフィンに強烈な拒否の言葉を投げつけられたら?と思うと、胸が張り裂けるような切なく恐ろしい感覚に陥ると安易に想像出来たのだ。


「……」



 どんなに気がなくとも、相手にトラウマを植え付けない言葉を選ぶのが最善だと考えたリヒトは、グッと手を強く握りしめる。



「……私はお前のその気持ちに応えられないが、お前が再び、誰か別の者を愛せるようになればいいと願うよ。すまない」



 リヒトが珍しく優しい声色でそう言い放つと、仮面の女は一瞬震え、何も言わずに振り返って走り去っていった。





----------------------------------



【恋人がいる意中の相手を仕留める黒魔術“サタナキアの横恋慕”】

①被術者の髪の毛を入手し、満月を映した水で清め、口に含んで唾液を付ける。

②髪の毛に図の通り夢へ侵入する黒魔法を施し、“被術者の夢の中で、被術者と会話”をする。ただしその際、被術者に顔は見られてはならない。


③髪の毛に図の通り黒魔法を施すことで、被術者の場所を察知することが出来る。偶然を装い目の前に現れ、そこで自分の髪の毛を被術者に触れてもらう。ただし生えている髪の毛に限る。この時は顔を晒してもいい。触れた後、自分の髪の毛と秘術者の髪の毛を結び保管する。
これで黒魔術で必要な“強制縁結び”の基礎が出来る。


④被術者が最も大事にしている繋がりを“断ち切る”。”心の距離を離す“のが有効だが、物理的に距離を離し徐々に心を離すことも有効。繋がりが強い者が、“被術者への思いを断ち切らせる事”が重要となる。死亡する事で百パーセント成功する。


⑤ ④が成功すれば、黒魔術が完全に完成する。被術者は術者のことしか考えられず、生涯術者を愛すことになる。



 黒魔術の本を再び読み返すローザは、溜息を吐きながら本を閉じた。


「④が一番簡単かもしれないわね。殺せばいいだけなんだから。可哀想だけど、殺す以外無いわよね」


 ローザは残酷な内容を口にしながらうーんと悩んでいると、昨晩の夢のリヒトを思い出し顔を赤らめる。



「大魔法師様って、あんな優しい声出せるんだ……ますます好きになっちゃった!自分だけのものにしたーい!!」



 リヒトの見せた優しさを伴う行動は、ローザを燃え上がらせる燃料になっただけであった。


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