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一年生・夏の章

真夜中のうさぎさん

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 一人ベッドでリヒトを待つフィンは、サイドテーブルにあるランプを付けながら、一人読書をしていた。



「リヒト、遅いなあ……」



 ふと時計に目を向けると、夜中の十二時を指していることに気付く。
 
 今までも、仕事でリヒトの帰りが遅くなることは時々あった。それでも、今日は無性にリヒトを待ちたかったフィンは、扉が開くのを待つ。



「!」



 ガチャッと別邸の玄関が開く音が聞こえたフィンは、ベッドから飛び降りて慌ててベッドルームの扉を開けた。
 そこにはちょうどベッドルームに入ろうとしていたリヒトが立っており、扉が開いた事に驚いた様子。



「フィン、起きてたの」

「リヒト」


 フィンはぴょんっとリヒトに飛び付くように抱き付き、ぎゅうっと強く抱き締める。リヒトはすぐにフィンを支えるように抱き締め、首筋にキスをした。



「フィン……ただいま」


 リヒトはフィンの匂いを嗅ぎながら、嬉しそうに笑みを浮かべ安心した声で言う。


「おかえり……おかえりっ」


 フィンはまるで子犬のようにリヒトに甘え、強く抱き締めて離さない。
 

「ふふっ」


 いつもより甘えん坊なフィンの姿に、リヒトは嬉しそうに声を出して笑うと、フィンは目を瞑りリヒトの鼻に自らの鼻をくっつけすりすりと擦り付けた。
 リヒトと目が合うと、にへらーっと幸せそうに笑みを浮かべる。



「あのねリヒト……今日は、助けてくれてありがとう」


 フィンは目を細め、助けてくれたお礼を素直に伝えると、リヒトはフィンをベッドに座らせて片膝をついて見上げた。



「うん。間に合って良かった。腕輪、俺を召喚する魔法をもう一度かけ直しておくね
よ」

「うん……また鼻血でちゃう?」
 
「出るかも。あと、前よりも少し時間がかかるから、今回は見学禁止」

「うう、わかったあ」


 フィンはしょぼーんと切なげな表情でリヒトを見下ろす。リヒトはフィンの頭を優しく撫でると、やがて真顔になり口を開いた。



「フィン、巻き込んですまなかった」


 リヒトは宝石の様な麗しい碧眼でフィンを見つめると、目を細め申し訳なさそうに謝罪をした。


「リヒト……」


 フィンはリヒトの所為では無いと言いたげに首を横に振る。


「話を聞いていたと思うが、今回の事、このローザリオン王国で最も敵対しているデンメルク帝国の大魔法師補佐官・クラウスが仕掛けた事だ。あの男は昔から俺を目の敵にしている。普段は諜報員として王国に潜入するが、隙があれば今日みたいな事をしてくるんだ」


 ドラゴンを崇拝するデンメルク帝国。ローザリオン王国より西にある大国で、停戦状態ではあるが牽制をし合っている状態のため、国王もこの事態を長年憂いている。
 以前起こったドラゴンの血液を飲み魔獣化した熊の件は、おそらくデンメルク帝国の仕業ではないかと推察されていた。



「停戦条件にある“教育機関を侵さない”と言う決まりを破った今、ローザリオンは大きく動き出すかもしれない」


 リヒトはフィンの手を取ってぎゅっと握り締める。



「エリオットはさらに学院の監視を強化する。リシャール侯爵家とフルニエ伯爵家の子息には、明日事情を説明する予定だ。巻き込んでしまう形になったが、関わった以上は、詳細を話しておかねばならないと思ってる」


 フィンはコクリと頷いた。


「フィン、君はこれからもっと危険な目に遭うことがあるかもしれない」


 リヒトは揺らぐことのない瞳でフィンを見上げると、さらに続けた。


「……それでも、これは俺の我儘だが、必ず君を守ると誓う。だから、どうかこれからも一緒にいて欲しい」


 リヒトの言葉に、フィンはぷくっと頬を膨らませる。


「当たり前だよ!ここまできて僕はリヒトから離れるとおもう?言ったでしょ、リヒトが逃げたって追いかけるって」


 フィンはリヒトの頭を優しく包むように抱き締め、にぱっと屈託のない笑みを浮かべる。リヒトは目を見開き、やがて小さく微笑んだ。



「僕、もっと強くなる!いっぱい勉強して、リヒトが不安にならないようにする!時間はかかるかもだけど……」


「期待しているよ。……それよりも俺は、君は警戒心が薄く無防備な事が多いのが心配だな。知らない人についていっちゃダメだよ?」


 リヒトは眉を顰めながら、お仕置きと言わんばかりにフィンの手首に歯を立ててかぷっと噛み付くと、フィンはびくっと身体を震わせた。


「ご、ごめんなさい……それはなおします……」

「学院の中も、百パーセント安心という訳ではない。なるべく友人と行動してくれ」

「うん……」

「……(もっとも、彼らが明日、首を縦に振ればだが)」



 リヒトは、フィンを守るために行動していたルイとセオドアを思い出す。



「……あの二人は、いい友人だな。フィンのウサギ姿を見られたのは癪に障るが」


 ルイとセオドアを褒めたリヒトに、フィンは嬉しそうに表情を輝かせた。


「うん!すごく優しくて楽しくて、大好き!」

「だっ……大好きなのか」


 リヒトは心底落ち込んだ様子でフィンを見上げる。


「あ!ちがっ……、友達としてだよー!」

「……」

「リヒトーっ、誤解だよー!」


 暫くショックを受けるリヒトに、フィンは慌てて頭を撫でたり頬にキスをしたりし機嫌を取るも、リヒトはむぅっと頬を膨らませ拗ねた様に視線を逸らす。


「あ!」

 
 フィンは持って帰ってきた魔法薬をサイドテーブルから取り出して飲むと、兎耳を生やしリヒトに近寄った。
 垂れ耳を持ちながら可愛くアピールする姿に、リヒトは口をあんぐりと開ける。


「これは……生で見るとすごい」


 リヒトは口を押さえ少し顔を赤らめ、すっかり機嫌を直して、フィンの破壊級の可愛さに身悶える。



「尻尾は……?」

「あるよ?」



 フィンはくるっと後ろを向くと、少しだけ寝間着のショートパンツを下げ、控えめでふんわりとした丸い尻尾を見せた。
 少しだけお尻の割れ目が見えている姿に、リヒトは目を細めてさらに身悶える。



「フィン、もしかして学校でもそうやって見せてたんじゃ……」


 リヒトは我慢できず後ろからフィンを抱きしめ、兎耳を撫でつつ尻尾を鷲掴みにする。


「ひぁっ……み、みせてないよー!!」

「信用ならん」

「わー!?わ、まって、リヒトっ……」



 フィンは見事に肉食獣に襲われるようにしてベッドに押し倒されたのであった。
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