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一年生・夏の章

ぼろぼろのオオカミ

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 フィンが乗る馬車が宙を浮かんだのを見送った二人は、暫く裏門で雑談をする。



「お前春のテストでちゃっかり順位上げてんのな。五位も上げたじゃん」

「言うなよ恥ずかしい」

「まあ“上”で待ってるぞ」


 ルイはにたーっと意地悪い笑みを浮かべると、セオドアは呆れ顔でルイの背中をグーでど突く。


「ぐえっ」

「すぐ追い付いてやるって」

「楽しみにしといてやる」


 ルイは、王家の紋章が入った馬車が近付くと「あ、きた」と小さく呟いた。


「え、ルイの寄宿先って」

「そ。王家に世話になってる。父上と王が仲良いからさ」

「えっ、マジかよ!なんか今日色んな事実判明して頭疲れたわー!」


 セオドアは自分の頭をくしゃくしゃとかきあげ、声を出して笑った。


「ははっ。なんか俺達、もっと自分の話した方がいいな」

「ちがいねー」

「じゃ、また明日」

「おう」


 ルイが乗り込んだ王家の馬車は、やがて宙を浮き王城方面へ動き出し、セオドアはそれを見送った。
 

 暫くすると、後ろから人影が近づくのを感じたセオドアはくるりと振り返る。
 そこにはジャスパーの姿があり、セオドアの姿を見ると目を見開いた。



「え!せんせーじゃん!」

「セオドア……?一体なぜ」



 裏門は基本、教師などの関係者が使用する出入り口となっていたため、セオドアがいる事に驚いたジャスパー。しかしそれよりも、ボロボロの制服姿と手の火傷に目が行き、ジャスパーは慌ててセオドアに駆け寄った。



「おい、それは一体……」

「(箝口令で言えないんだよなぁ)いやぁーちょっと実験でミスって。平気平気」

「……」


 ジャスパーは眉を顰めセオドアを見つめる。


「くだらん嘘をつくな」

「もー、そんな怒らないでよ。ちょっと今は言えないけど、先生もそのうち副学長から聞くと思うし、ね」


 セオドアは困った笑みを浮かべジャスパーの肩をトントンと撫でると、目を細め愛おしそうに見つめた。
 セオドアの口から説明ができないと言うことは、何らかの重大な事件が校内で起こったと察したジャスパーは、グッと堪えるように表情を歪ませる。



「っ……大丈夫なのか?本当に」

「うん。制服が派手に燃えただけで、怪我は大した事ない」

「あまり心配をかけるな」


 ジャスパーはセオドアを真っ直ぐに見つめ、心底心配だと言いたげな顔でそう言い放つと、セオドアはキュンッと心臓の高鳴りを感じにへらーっと笑みを浮かべた。



「あーもう!心配とか嬉しすぎるよー。せんせ、俺は元気だからさー、そんな心配すぎて夜も眠れませんみたいな顔やめてー!」

「誰がそんな顔をした!」



 ジャスパーは顔を赤らめ、苛ついた表情で眼鏡のブリッジ部分を押さえる。



「せんせ、ありがとね」



 セオドアはふにゃっと笑みを浮かべてジャスパーの頬に触れると、ジャスパーはフイっと顔を逸らす。


「……外ではやめろ」

「へー、中なら良いんだ」

「ばっ……違う、そういう意味ではない」



 狼狽えるジャスパーを他所に、セオドアは思い出したようにカバンを弄り魔法薬を取り出してそれを飲んでみせた。


「せんせ、みてみて」


 狼耳と尻尾を出すセオドア。


「今日覗いてたでしょ。触って良いよ」


 ニコニコと笑みを浮かべるセオドアに、ジャスパーは仕方ないと言わんばかりに狼耳を撫でる。
 少し硬い毛質だが、ふわっとした感触。ジャスパーは尻尾の方ももふもふと触りながら、ぶっきらぼうに口を開く。



「覗いたわけじゃない。たまたまだ」

「へぇー?」


 ニヤニヤと笑うセオドアに、ジャスパーは苛ついたのか乱暴に狼耳を引っ張る。


「ぬあ!!!痛いじゃんもー!せんせーの意地悪」

「……はぁー。それだけ元気なら心配ないな。私は帰る」


 馬車を待つセオドアを置いて、ジャスパーは帰ろうと杖を出した。


「せんせ」

「なんだ」


 杖を箒に変えたジャスパーは、クルッと振り返る。すると、キスをしそうな距離にまで近付いたセオドアが、ニコッと大人びた笑みを見せた。


「今度、せんせーにだけ“がおーっ”ってするね。もちろん性的な意味で」



 セオドアはジャスパーに低く甘ったるい声でそう囁く。
 

「は」


 ジャスパーは息を飲み、月明かりに照らされた狼姿のセオドアに不覚にも胸を高鳴らせた。



「あ、馬車きた。じゃあねせんせ。愛してるよ」


 鳩の紋章がついた馬車が到着したセオドアは、颯爽と馬車に乗り込んでひらひらと手を振る。
 ジャスパーはただそれを呆然と見送り、箒に跨ってやがてゆっくりと浮上する。



「…………性的な意味、って、どういう意味だあの馬鹿」



 ジャスパーは、生意気にも愛を囁くセオドアに翻弄されながら、少し顔を赤くして小さく呟いた。
 

 
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