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一年生・夏の章
切なる願いを込めて
しおりを挟む「フィンちゃん、大丈夫?」
ぼーっとしているフィンに、エヴァンジェリンは心配そうに声をかけた。
エヴァンジェリンは、伝書梟の伝令で大体の内容は聞いていたため、フィンを気遣いながら視線を向ける。
フィンはぼーっと月を見上げながら、その美しく銀色に輝く光りを見てリヒトを思い出しす。
「……エヴァ様。僕はいっつも誰かに守られています。なんだか、それが申し訳なくて」
フィンは不安げな表情で、馬車の窓から見える月明かりを見上げながら言葉を発する。リヒトから借りた王族特務のジャケットを深く羽織り、ぎゅっと握りしめた。
ルイもセオドアも、自分を守るために影で動いていた。それなのに、自分はのこのこと怪しいエルフに着いていく始末。
フィンは月を見るのをやめ、俯き加減でさらに続けた。
「僕は弱くて、みんなそれを分かっているから、だから、みんなが代わりに傷付いている気がしていて。友人が僕の知らないところで守っていてくれたことも、気付かなかった」
フィンはルイとセオドアを思い出し、再び涙を浮かべる。エヴァンジェリンは慌ててフリルのついた淡いピンク色のハンカチをフィンの目に優しく押し当てると、聖母のような暖かさで抱き締める。
フィンはその暖かさに余計涙し、時折声を出し必死に涙を抑えようと肩を震わせた。
「今日のこと、どうやらリヒトを傷付けるためにデンメルクの刺客が僕を狙ったみたいなんです。僕がいることで、リヒトの足枷になってしまってる。これからもずっと一緒にいたいのに、これじゃあみんなにも、リヒトにも迷惑ばかりかけちゃうんじゃないかって」
フィンは顔を上げエヴァンジェリンの方を向き、声を振り絞るように言い放つ。
エヴァンジェリンはフィンの背中を撫でながら、ふぅっと息を吐き笑みを浮かべた。
「フィンちゃんは、本当に優しいわね」
エヴァンジェリンは明るい声色で可愛らしくそう言うと、ぷにっとフィンの頬を突いた。
「へ……?」
フィンは思わぬ返しに目を丸くする。
「だって、自分が危ない目にあったのに、周りの心配ばかり。ふふ、私はそんなフィンちゃんも心配よ」
エヴァンジェリンはフィンの頭を撫でながら、優しくフィンを包み込むように言葉を紡ぐ。
「リヒトはね、確かに大魔法師になってから敵対国にずっと警戒されてマークされているわ。そして、それがどんどんリヒトの心を孤独にしていった。ほらあの子、感情表に出さないけどね、私達家族に害が及ばないように未然に動いたりとかしてるの。不穏な分子があればすぐに動くし、危険な仕事も迷わずすぐ引き受ける。国を守るためなら手段を選ばない」
リヒト・シュヴァリエは孤高の存在。
フィンは、一人で血を流し国を守るリヒトの姿を想像し身体を震わせた。
「……」
「まるで、自分のことは二の次なのよ、あの子。案外貴方達、そっくりなのかしらね」
エヴァンジェリンも思う事があるのか、ハァっと深くため息を吐きながら笑みを浮かべる。
「でもね、」
フィンの両手を掴んでグイッと顔を近づけたエヴァンジェリンは、花が咲いたような笑みを浮かべた。
「フィンちゃんが来てから、あの子本当に変わったのよ!どうやら結構家に帰ってるみたいだし、フィンちゃんを残して死ぬっていう選択肢を外しているからか、良い意味で必死になって頑張っている気がするの。私ね、それがすごぉーく嬉しくて。だってあの子……」
エヴァンジェリンは一瞬俯き、一筋の涙を流す。
「すごく、生きていて楽しそうなのよ。貴方が生きる理由になってる。だから死に急がない。“生きて任務を全うする”って、すごく伝わるの」
フィンは目を見開き、リヒトの笑顔を思い出した。自分に出会うまでのリヒトを知らないが、エヴァンジェリンから聞いたリヒトは寂しく、どこか周りと線を引いている印象。
それが、自分のお陰で笑顔にさせているのであれば、と、フィンもまた目を潤ませた。
「僕が……いるだけで」
「うん」
フィンはエヴァンジェリンと向き合いながらぽろぽろと涙を流す。
「きっとこれからも、フィンちゃんは大変な思いをする時が来るかもしれない。でも、でもね。勝手なお願いになってしまうけど、リヒトの姉としてお願い」
エヴァンジェリンは涙で赤くなったフィンの眼を慈しむようにハンカチで拭きつつ、切なる願いを込めて口を開く。
「どうか、これからもリヒトの側にいて、あの子を支えて、愛してあげて欲しいの」
エヴァンジェリンの切なる願いに、フィンは目を見開いた。そして、顔を赤くしながら俯くと、エヴァンジェリンの手をぎゅっと握る。
「もちろんです……だって僕、リヒトからもう離れられないくらい愛してるんです……絶対に一生一緒にいます!!」
かぁぁっと赤くしながら小さな声で言ったと思うと、最後はガバッと顔を上げて必死に言い放つフィンの姿に、エヴァンジェリンは目をハートにしながら抱き着いた。
「わわ!!」
「もうっ!なんて可愛いのかしら!!!!こんな子にリヒトが愛されて私もすごく嬉しい!!」
「エヴァさまっ……わっ、息ができないっ!」
フィンはエヴァンジェリンの胸に埋まりながらもがき、ようやく満面の笑みを見せる。本邸に着いた頃には、二人の涙は乾いていた。
「エヴァさま、あの……」
馬車から降りたフィンは、エヴァンジェリンに向き直り笑みを浮かべる。
「?」
「僕、強くなります。自分もみんなも守れるように」
「え……」
フィンは魔法的な意味で伝えたかったようだが、エヴァンジェリンは筋肉ムキムキになった姿のフィンを思い浮かべ、顔を青ざめさせた。
「だっだめよ!フィンちゃんが筋肉ムキムキになるなんて絶対嫌~!!!!」
エヴァンジェリンは目を潤ませながら首をイヤイヤと横に振る。
「む、むきむき?ち、違いますよっ……(でもちょっとなりたいけど……)」
フィンは困った表情を浮かべ、必死に話の意図を伝えながら本邸へと向かった。
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