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一年生・夏の章

愛の証②

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 リヒトは執務用の椅子に腰掛けると、腕輪を机に置いて凛とした表情でフィンを見る。


「それじゃあ、始めるね。ここから先、俺がいいと言うまでは、喋ったり取り乱したりしてはダメだよ」


「うん!(取り乱す……?)」



 フィンは緊張した面持ちで頷くと、リヒトは柔らかく笑みを浮かべてから真顔になり、杖を持って腕輪を凝視した。
 すると、ブワッとした風がリヒトを煽り、青い魔石は突如として光を放って、フィンは眩しそうに目を細める。



「(綺麗……)」


 光に包まれたリヒトが綺麗で、フィンはぼーっとその様子を眺めていた。



「……青……る…………よ」



 リヒトはぶつぶつと呪文を唱える。やっとの思いでそれを聞き取ったフィンは、リヒトが古代語で呪文を唱えていることに気付いた。


「(古代魔法を使って魔法を作ったのかな)」


 自ら魔法を編み出すリヒトは、歴代最強の大魔法師と言われるに相応しい天才。フィンは、改めてリヒトが凄いことをしていると感じ、ブルっと身震いをしてその様子を見守った。


 それから数十分もリヒトは詠唱を続けていくが、突然リヒトの鼻から血がポタポタと垂れ始め、それに気付いたフィンは目を見開く。
 


「!?(え!?リヒトが鼻血出してる、どうしよう!)」



 普段涼しい顔をして魔法を使うリヒトだが、今回ばかりは身体に負担がかかっているのか、よく見るとリヒトの肩が大きく上下に動いている。
 よほど緻密で大量な魔力を必要としているのか、魔石からの反動を受けているのかは分からないが、この大掛かりな魔法がリヒトに副作用を与えていることは確かだった。

 フィンは思わず声を出しそうになるが、慌てて手で自分の口を塞ぎ、目を潤ませながらもリヒトの言いつけを守ることを選ぶ。


「(言うこと、ちゃんと、聞かなきゃ)」


 机上にポタポタと血が垂れてもなお、リヒトは詠唱を止めず集中して魔法を施しており、フィンはそれを見てもただ祈る他なかった。
 


「……(取り乱すってこういうことだったんだ……)」



 フィンは自身のために身を削るリヒトを見つめ、少し泣きながらも、言いつけ通り終わるまで見守る。
 三十分を予想してたリヒトだが、二十分ほどで眩い光が消え失せ、ふぅっと息を吐くとハンカチで血を拭った。



「けほっ……フィン、お待たせ。終わったよ。見苦しい所を見せてごめんね(鼻血で済んだか。吐かなくて良かった)」

「リヒト!」


 フィンはリヒトの方へ一目散に移動すると、思い切り抱き締めて涙目でリヒトを見つめる。
 

「リヒト、僕のために痛い思いするなんてやだよ」


 フィンは余程心配したのか、リヒトが握っていたハンカチを奪い、鼻下をゴシゴシと擦って血を拭う。



「フィン、驚かせてごめんね。言ったことを守ってくれてありがとう」
 
 
 リヒトはされるがまま血を拭いてもらい、ポンポンとフィンの背中を撫でた。



「リヒトが傷付くなら、僕は別にこのままでよかったのに……!」


 グスッと鼻を啜りながら必死にそう嘆くフィンに、リヒトは目を細めて笑う。


「そうはいかないよ。魔力が少ないというだけで、君の可能性を潰すなんて出来ない。シルフクイーンの凄さを知っているだろう?」

「でも……」

「学生生活、きっと色々なことがある。その生活の中で君を縛り付けるものは、俺だけでいいはずだ」


 フィンを縛り付ける何かとは、庶民という肩書きでも、魔力が少ないというハンデでもなく、リヒト自身だけ。
 その愛の証が、腕輪そのものだった。


「君の可能性を、出来るだけ俺が広げていく。君がもっと高く飛べるようにね」


 フィンは涙を拭いながらリヒトを見つめる。


「鼻血ぐらいどうってことない。死ぬわけではあるまいし、一時的な魔力回路の損傷から引き起こされる副作用だ。実技の授業中にそうなってる子はいなかったかい?」

「いた」


 フィンは鼻血を出したセオドアを思い出して、ようやく笑みを見せる。
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