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一年生・春の章

不機嫌な先生 それぞれの夜

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~セオドアの夜~



 窓に浮かぶ月明かりがセオドアの部屋を照らし、その光をぼーっと見つめていたセオドアは、ジャスパーとのキスを思い出して次第に顔を赤らめていく。





「ああああああああああああああ」


「ついに、ついに!!!!!」


「キスしちゃったあああああああ」



 枕に頭を何度も打ちつけている姿は、他者から見ればかなり滑稽だろう。
 大声で叫びながら激しく音を立てているため、部屋の外で待機している警備兵が不可解そうに首を傾げていた。



「俺結構ぐいぐいいったよね?行き過ぎた?やっべー!!!どうしようどうしよう、舌とか入れちゃったし!!!」



 そんな風に騒いでいると、心配そうな表情を浮かべた兄達がセオドアの部屋をノックした。
 セオドアはビクッと肩を震わせる。



「おーい、セオ?大丈夫?」

「セオちゃん、なんかあった?」

「セオ、悩みがあれば聞くぞ」



 長男、次男、三男がそれぞれ声をかけると、セオドアは慌てて扉に駆け寄った。



「大丈夫だっつの!俺ももう十六になるんだからほっとけってー!」


 セオドアは扉越しにそう言い放つと、兄達は扉越しでも分かるくらいに落ち込んだ。


「(うっわ、この空気めんどくせぇー)」


 セオドアは頭を掻きながら困った顔で扉を見つめる。



「セオ……これが反抗期ってやつか」

「セオちゃーん、寂しいなー」
 
「セオ、俺達は心配しているだけだ」


 明らかに声のトーンが変わり、セオドアは少し罪悪感が芽生え少し扉を開ける。


「ったく、しょーがねーなー……」


 すると勢い良く兄達がセオドアの部屋に雪崩れ込み、セオドアはそのまま押し倒されて目を見開いた。


「はぁ!?!?」


「セオ!」
「セオちゃん!」
「セオ」


 兄達は嬉しそうにセオドアを囲み、セオドアは溜息を吐いて諦めたように床に寝転がる。


「兄ちゃん達さぁ、そのブラコンいつ治るワケ!?」


 セオドアは呆れ顔でそう嘆くと、三人は目を見合わせやがて笑みを浮かべる。


「「「一生直らない」」」

「…………三つ子の兄を持つと大変だわ」



 セオドアはガックリと項垂れるも、兄達は笑顔でセオドアに抱きつき、長男が口を開く。


「俺たちはセオの幸せを願っているよ」

「……じゃー俺が結婚しても喜んでくれるんだろうな?」


 セオドアが訝しげに長男を見上げながらそう言い放つと、三人は表情を歪める。


「結婚!?」
「結婚ー!?」
「結婚だと」

「いや、例えばの話だからね」



 セオドアは呆れ顔を浮かべるも、兄達は焦った表情を浮かべる。


「まだ早い!」
「早いね」
「我々の許可が出ないと無理だな」

「……」


 セオドアは深いため息を吐く。三男はその様子を見ると、優しく笑みを浮かべセオドアの頭を撫でた。


「だが、お前が選ぶ者はきっと、ちゃんとしてるだろう?」


 セオドアは三男の発言に目を見開き、自然とジャスパーの顔を思い出すと小さく笑みを浮かべた。


「「「で」」」

「ん?」


 セオドアに詰め寄る三つ子の兄達。


「好きな人いんの!?」
「好きな人できたってことー?」
「好きな人が出来たのか」


「……いても言わないって!」


 セオドアは顔を赤くしつつベッドに潜り込み、兄達からの猛攻に耐える。



「(そういえば、最後の方の先生は、機嫌治ってたなー。意外と嫉妬するんだなー先生)」
 


 セオドアはニコッと笑みを浮かべ、どうやってジャスパーを完全に落とそうか考えるのであった。



 四人の様子を見ていた警備兵は、クスッと笑みを浮かべる。


「(フルニエ伯爵家は今日も平和だ)」


 
 警備兵は自身の制服の胸元を確認し、フルニエ伯爵家の紋章である“自由”を象徴する鳩の刺繍を眺めると、小さく笑みを浮かべた。








~ジャスパーの夜~





「珍しいな、お前が晩酌に付き合ってくれるなんて」


 ジャスパーの一番上の兄でランベール家の当主であるメイソンは、付き合いの悪いジャスパーがワイン片手に目の前に座っていることに大いに喜んだ。


「兄上の誘いをいつも断っていたら、リリアナ様を使って呼んでくるではないですか」

「お前はリリアナには弱いもんな。うちは母様が死んでからは男ばかりで、女の扱いに慣れてない。リリアナが来てこの家も随分明るくなったと思わんか?」


 メイソンはケラケラと笑いながらエールビールを飲み、ジャーキーを齧った。


「そうですね」


 ジャスパーは笑顔で会話をするメイソンを見つめ頷く。
 メイソンはジャスパーと違い感情が分かりやすく、コロコロと表情を変えるタイプで、幼い頃はそんな兄が羨ましくもあったジャスパー。何故自分はこうも感情表現が苦手なのか、幼いながらに悩んだこともあった。



「……本当は嫌ではないんだろう?誰かとワイワイしたり、話したりするの」



 メイソンの言葉に、ジャスパーは目を見開く。
 メイソンは空になったジャスパーのグラスに赤ワインを注ぎながらさらに続ける。



「お前は気を使い過ぎだ。自分がいるとシラけるとか思ってるんだろう?」

「……それは事実なので」


 感情表現が苦手で、メイソンのように笑ったりも出来ない自分がいても何も面白くないだろうと昔から考えていたジャスパーは、自然と周囲と距離を取りながら生きてきた。
 メイソンはそんなジャスパーを憂いているのか、心配そうに溜息を吐く。



「確かにお前はあまり表情は変えないが、昔は結構お喋りだったろう?うんちくばっかり喋ってたし」

「幼い時の話です」


 ジャスパーは恥ずかしそうに顔を顰める。酒が回ってきたのか、少し顔を赤くし目を細めた。


「(こいつ、あまりお酒が強くないのか?)」


 メイソンは物珍しそうな表情でジャスパーを眺めた。



「ああ、そういえば」


「ん?」


 ジャスパーはふと、セオドアの言葉を思い出す。


「ある者に“今日は機嫌が悪いのか”と言われました。今日は、ということは普段はそう見えてなかったのかと思うと……不思議です」

「はは、お前は真顔が通常運転だもんな。言葉もそんなに柔らかくないし、怖いと思われるのも仕方ないだろう。それにしてもそいつ、珍しい奴だな」


 メイソンは興味深そうにジャスパーにそう言うと、酒の回ったジャスパーは少し饒舌になりさらに続ける。



「そいつぐらいですよ、私を怖いと思わない奴は」


 ジャスパーはワインを大きく一口飲むと、ドライフルーツを摘む。



「ただ、生意気で困ります。おまけにしつこくて、こちらの配慮も無視をする」



 ジャスパーはさらに一口ワインを飲みながら、話を続けた。メイソンはニヤッと笑みを浮かべてその様子を眺める。


「だが、不思議なことに私の心を読むのが上手です。不本意ではありますが」


 メイソンは目を閉じ話を聞くと、ゆっくりと目を開けて優しい笑みを浮かべながらジャスパーを見た。



「ジャスパー。好きなのか?そいつのこと」

「ぶふっ」


 ジャスパーはメイソンの問いかけに、飲んでいたワインを吹き出し咳き込むと、メイソンを睨み付ける。


「変なことを言わないでください」

「(図星か……)」


 メイソンは嬉しそうにはにかむと、ジャスパーは気まずそうに目を逸らし立ち上がる。


「すこし飲み過ぎました。今日はもう寝ます。おやすみなさい」

「あ、あぁ、おやすみ。今日はありがとう」



 自室に戻っていくジャスパーを眺めたメイソンは、彼の幸せを願ってやまないのであった。



「(結局好きとは言ってないが……私のあの言葉は一種の告白みたいになってたか?)」


 “私の愛で縛るのは心苦しい”


 ジャスパーは自室でソファーに座りながら、自らが言った発言を思い返し額を手で抑えた。


「あとの四十七回は一体どこでする気なんだ、彼奴は」


 “キス百回の刑”


 ジャスパーは一気に顔を赤らめ、そのまま深呼吸をし上品にベッドに入ると、そのまま眠れない夜を過ごしていった。
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