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一年生・春の章
不機嫌な先生⑤
しおりを挟む「馬鹿にしてるのか……」
「してないしてない、可愛いんだもん先生。キスできて幸せ」
セオドアがニコッと笑みを浮かべると、ジャスパーは顔を赤らめたままフイっと目を逸らす。
セオドアはジーッとジャスパーを見下ろすと、やがて目を細めた。
「……何をそんな見ている?」
ジャスパーの顔はまだほんのりと赤く、クールに見える切れ長の目も色気を感じる。何とも言えない気持ちになったセオドアは、ジャスパーの耳元で口を開いた。
「せんせ、これ以上したらやっぱ怒るよね?」
へらっと笑いながら言うセオドア。
「っ当たり前だ!」
ジャスパーは顔を真っ赤にしてセオドアを睨みつけると、セオドアは可笑しそうに笑ってジャスパーの頭を撫でた。
「じゃ、楽しみはとっときますか」
セオドアはジャスパーの額に唇を落とすと同時に、執務室の扉をコンコンと叩く音が響き、我に返ったジャスパーが勢いよく立ち上がり机へと戻る。
「誰だ」
ジャスパーは時間稼ぎのため、訪ねてきた者に名前を問いかける。その間に呼吸を整え、少し乱れた衣服を綺麗に直すと綺麗に椅子に座った。
一方のセオドアは、元々制服を着崩してるため、特に直すところもなくどかっと椅子に座りヘラヘラした笑みを浮かべる。
「リリアナですぅー!」
ジャスパーはチラッとセオドアを見ると、セオドアは鞄から適当な魔法応用学の教科書を取り出しピースサインを送る。
「……どうぞ」
「失礼しまぁーす」
ジャスパーは扉に向かってそう告げると、リリアナが笑顔で部屋に入り、セオドアに気付くと笑顔で首を傾げる。
「あらぁ~?A組のぉー!」
「どもー!ランベールせんせーに勉強教えて貰ってましたー。あ、でももう帰るんで」
セオドアは抜群の演技力でそう言いながら教科書を鞄にしまうと、満面の笑みでリリアナの肩を触る。
「(アイツ……また要らぬ仕草を)」
ジャスパーはじとっとその様子を見ると、セオドアはジャスパーにウインクする。
「次はスライムじゃないの召喚するんで、また教えてねリリアナっち」
「はぁーい。また来週ねー」
「(教師をあだ名で呼ぶな!)」
リリアナは笑顔で手を振る。
セオドアは部屋を出る前にジャスパーを見ると、ニカッと笑みを浮かべて手を振った。
「ランベール先生、またべんきょー教えてくださいね。残り四十七回はまた今度ー」
「……!」
ジャスパーは顔を引き攣らせ何も返事せずにいたが、セオドアはそのまま扉パタンと閉めて退出した。
「熱心な生徒ですねぇー。四十七回ってなんですか?」
リリアナは笑いながら軽く首を傾げ、ジャスパーに近付いた。
「……大した話ではありません。ところで、どうかしましたか」
ジャスパーは何事も無かったかのように仕事を再開し、リリアナに用事を問いかける。
「お仕事終わられてたら、一緒に帰ろうかと思ってー!ほらぁ、うちの人って心配性だからぁー、“可能であればジャスパーと帰ってこぉーい!”なんて言うんですよー」
リリアナの旦那であるメイソン・ランベールは、ランベール家の長男でリリアナを溺愛しており、朝はジャスパーと一緒に学校へ向かわせることも頻繁にある。
「そうですか。もう少しで終わるのでお待ちいただけますか(全く、義姉のどこが心配なんだ。ここの教師になれるぐらいには実力があるのに)」
ジャスパーはメイソンに対してそんな事を考えるも、ふと一人で帰ったセオドアを想う。
「(暗くなる前に帰してよかった。ここら辺は安全だが、夜は何があるか分からないからな)」
ジャスパーはそんな思考に至ると、一瞬ハッとした顔を浮かべる。
「(……好きな者に対し、ちょっとした事で心配になるという思考は、こういうことなのか)」
恋愛とは無縁の世界で生きてきたジャスパーは、ようやく兄の思考を理解し一人納得するのであった。
「ランベール先生、何だかお昼よりご機嫌ですねぇー?」
鋭いリリアナは、分厚い眼鏡レンズの奥で目を輝かせうっとりした表情で、首を傾げながらジャスパーを見つめる。
「は?」
ジャスパーは目をピクピクとさせて、リリアナを訝しげに見ると、リリアナはニコッと笑みを浮かべたままさらに続ける。
「なんだか、柔らかーい雰囲気がするんですぅ。もしかして、恋とか?」
リリアナは何気なくそう問いかけると、ジャスパーは持っていた羽ペンを反射的に折ってしまい眉間に皺を寄せる。
リリアナはビクッと肩を震わせた。
「失礼、あまりにも変なこと言うので無意識に手が動きました」
「そ、そうですかぁ~」
「……帰りましょうか」
「はぁーい」
普段おっとりとしたリリアナだが、この時ばかりは侮れないと思ったジャスパーだったのであった。
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