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一年生・春の章
不機嫌な先生③
しおりを挟む「……丁度いいから、ずっと使ってるだけだ」
ジャスパーは言い訳の様にそう述べるも、明らかに動揺を隠せない表情を浮かべる。ジャスパーの少し耳が赤くなっていることに気づいたセオドアは、その耳に軽く口付けをするとクスッと笑みを浮かべた。
「っおい……」
ジャスパーはビクッと身体を震わせ、心臓の鼓動が相手に伝わるのを恐れ離れようとするも、セオドアはそれを許さない。
「素直じゃないなぁーほんと。俺の愛おしい先生。三年待つつもりだけど、やっぱ今すぐにでも俺のものにしたいよ」
セオドアはジャスパーの髪の香りを嗅ぎ、そのまま深く抱き締めて切なげに笑みを浮かべた。
「っ」
ジャスパーは抵抗することなくその抱擁を受け入れるも、まだセオドアに対し自ら築いた壁を崩すことなくグッと身体に力を入れる。
「ね。俺あのとき、先生がいなくなって、心に穴が空いたみたいになって辛かったんだよ」
セオドアは、ジャスパーが突然家庭教師を辞め、それ以降一切姿を現さなかったことを思い出し、少し目を潤ませる。
「先生は、自分のこと責めて、俺の両親からも責められて、そのまま全部先生が悪いってなったままいなくなったよね。俺が自分の管理、出来てなかっただけなのに」
「……だが、それでも事実だろう。私はお前に勉強を教えるだけで良かったんだ。あんな風にお前を倒れさせるなんて、教師失格だろう」
セオドアは、グイッとジャスパーの肩を押して真剣な表情を浮かべる。
「甘やかされて、それに乗っかっていた俺の目を覚まさせたのは、他の誰でもない、先生だけだった!家柄に甘えているだけの俺を、堕落させずにこうしてこの学校に行けたのも、先生がいてくれたからだ!」
セオドアは、ジャスパーが自分に対しどれだけ時間を割いていたかを感じていた。
ジャスパーは、努力を始めたセオドアに対し、痩せやすくなる薬草を作って持ってきたり、集中力が上がるようにアロマを焚いてくれたり、セオドアだけのための参考書を作ってくれていた。
セオドアの様子を観察し、その日に合わせて休憩の時間を変えたり、寝不足気味だと分かれば昼寝の時間を取り入れ、無理のない様にスケジュールを組む。
セオドアはあっという間にジャスパーに懐き、ジャスパーもまた、怯えられる事に慣れていた分、自分を慕い、時折甘えてくる仕草に、戸惑いつつも次第に心を開いていった。
セオドアは、ジャスパーの見せる思慕とも思える目線も、それを抑え込むように心を殺す姿も目にしている。途中からジャスパーに恋愛感情を抱いていたセオドアは、受験が終わった暁には想いを伝えようと決めていた。
「ねぇせんせ、先生は怖くて厳しいエルフだって思われがちだけど、それ以上に優しいって知ってるよ」
ジャスパーは、普段の無表情さもただ不器用なだけで、観察しているとだんだんとジャスパーの心情が伝わる様になった事を語るセオドア。
勉強中にうたた寝をしていると、ジャスパーは「おい、起きろ」と言うが、その表情は心配そうな表情だった。
たまに持ってくる甘いお菓子も、「頂き物だ。私は食べないからな」と言いつつ、ジャスパーの好みの味ばかりの物だった。
少し疲れた顔をすれば、熱がないかを確認し、栄養たっぷりの薬草ドリンクを与えることもあった。
「先生は不器用で、優しくて、真っ直ぐ俺のこと見てた。俺が努力する分、先生はそれを超えて俺を支えてくれた。俺は先生に何もしてあげられていないけど、でも、本気で先生を好きなんだ」
セオドアの必死な訴えに、ジャスパーは喉の奥が熱くなる様な感覚に陥る。
それでも、出てくる言葉は素直ではない。
「それは憧れの一種だろう。恋愛感情と勘違いしている」
ジャスパーの言葉に、セオドアは下唇を強く噛んだ。
「そりゃあ俺だってそう考えたけどさ!でも全然違うんだよ先生……」
セオドアは反射的に涙を浮かべ、ぽたぽたと涙を流しながらジャスパーの頬に触れる。ジャスパーは目を見開き、何かを言いかけるが、セオドアは泣きながらジャスパーを見つめ切なそうに声を出す。
「先生がいなくなって気付いたんだ。俺が先生に抱いてた感情は、完全に愛だ」
セオドアはジャスパーの襟元を掴んで引き寄せると、そのまま唇を奪う。
「っ!?」
まるで噛み付くような必死なキスに、ジャスパーは呼吸をするだけで精一杯になり、目を潤ませされるがままになる。
舌を入れられ絡まり、舌先を軽く吸われ、ジャスパーはただ顔を赤らめそれを受け入れた。
セオドアは、やがてゆっくりと唇を離すと、ジャスパーを見つめ目を細めて口を開く。
「どうしても、俺は先生からの愛がほしい……お願い、好きって言ってよ。嫌ならもう、ここで突き飛ばして嫌いって言って」
愛に飢え懇願するセオドアの姿に、ジャスパーはやがて諦めたように身体の力を抜いてセオドアに手を伸ばす。
セオドアはその手に気付くと、じっとその場を動かず震えた瞳でジャスパーを見つめた。
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