上 下
25 / 318
一年生・春の章

不機嫌な先生③

しおりを挟む



「……丁度いいから、ずっと使ってるだけだ」


 ジャスパーは言い訳の様にそう述べるも、明らかに動揺を隠せない表情を浮かべる。ジャスパーの少し耳が赤くなっていることに気づいたセオドアは、その耳に軽く口付けをするとクスッと笑みを浮かべた。



「っおい……」


 ジャスパーはビクッと身体を震わせ、心臓の鼓動が相手に伝わるのを恐れ離れようとするも、セオドアはそれを許さない。



「素直じゃないなぁーほんと。俺の愛おしい先生。三年待つつもりだけど、やっぱ今すぐにでも俺のものにしたいよ」


 セオドアはジャスパーの髪の香りを嗅ぎ、そのまま深く抱き締めて切なげに笑みを浮かべた。


「っ」


 ジャスパーは抵抗することなくその抱擁を受け入れるも、まだセオドアに対し自ら築いた壁を崩すことなくグッと身体に力を入れる。



「ね。俺あのとき、先生がいなくなって、心に穴が空いたみたいになって辛かったんだよ」


 セオドアは、ジャスパーが突然家庭教師を辞め、それ以降一切姿を現さなかったことを思い出し、少し目を潤ませる。



「先生は、自分のこと責めて、俺の両親からも責められて、そのまま全部先生が悪いってなったままいなくなったよね。俺が自分の管理、出来てなかっただけなのに」



「……だが、それでも事実だろう。私はお前に勉強を教えるだけで良かったんだ。あんな風にお前を倒れさせるなんて、教師失格だろう」



 セオドアは、グイッとジャスパーの肩を押して真剣な表情を浮かべる。



「甘やかされて、それに乗っかっていた俺の目を覚まさせたのは、他の誰でもない、先生だけだった!家柄に甘えているだけの俺を、堕落させずにこうしてこの学校に行けたのも、先生がいてくれたからだ!」



 セオドアは、ジャスパーが自分に対しどれだけ時間を割いていたかを感じていた。

 ジャスパーは、努力を始めたセオドアに対し、痩せやすくなる薬草を作って持ってきたり、集中力が上がるようにアロマを焚いてくれたり、セオドアだけのための参考書を作ってくれていた。
 セオドアの様子を観察し、その日に合わせて休憩の時間を変えたり、寝不足気味だと分かれば昼寝の時間を取り入れ、無理のない様にスケジュールを組む。
 
 セオドアはあっという間にジャスパーに懐き、ジャスパーもまた、怯えられる事に慣れていた分、自分を慕い、時折甘えてくる仕草に、戸惑いつつも次第に心を開いていった。

 セオドアは、ジャスパーの見せる思慕とも思える目線も、それを抑え込むように心を殺す姿も目にしている。途中からジャスパーに恋愛感情を抱いていたセオドアは、受験が終わった暁には想いを伝えようと決めていた。


「ねぇせんせ、先生は怖くて厳しいエルフだって思われがちだけど、それ以上に優しいって知ってるよ」


 ジャスパーは、普段の無表情さもただ不器用なだけで、観察しているとだんだんとジャスパーの心情が伝わる様になった事を語るセオドア。

 勉強中にうたた寝をしていると、ジャスパーは「おい、起きろ」と言うが、その表情は心配そうな表情だった。
 たまに持ってくる甘いお菓子も、「頂き物だ。私は食べないからな」と言いつつ、ジャスパーの好みの味ばかりの物だった。
 少し疲れた顔をすれば、熱がないかを確認し、栄養たっぷりの薬草ドリンクを与えることもあった。



「先生は不器用で、優しくて、真っ直ぐ俺のこと見てた。俺が努力する分、先生はそれを超えて俺を支えてくれた。俺は先生に何もしてあげられていないけど、でも、本気で先生を好きなんだ」


 セオドアの必死な訴えに、ジャスパーは喉の奥が熱くなる様な感覚に陥る。
 それでも、出てくる言葉は素直ではない。


「それは憧れの一種だろう。恋愛感情と勘違いしている」


 ジャスパーの言葉に、セオドアは下唇を強く噛んだ。


「そりゃあ俺だってそう考えたけどさ!でも全然違うんだよ先生……」


 セオドアは反射的に涙を浮かべ、ぽたぽたと涙を流しながらジャスパーの頬に触れる。ジャスパーは目を見開き、何かを言いかけるが、セオドアは泣きながらジャスパーを見つめ切なそうに声を出す。


「先生がいなくなって気付いたんだ。俺が先生に抱いてた感情は、完全に愛だ」



 セオドアはジャスパーの襟元を掴んで引き寄せると、そのまま唇を奪う。


「っ!?」


 まるで噛み付くような必死なキスに、ジャスパーは呼吸をするだけで精一杯になり、目を潤ませされるがままになる。
 舌を入れられ絡まり、舌先を軽く吸われ、ジャスパーはただ顔を赤らめそれを受け入れた。

 セオドアは、やがてゆっくりと唇を離すと、ジャスパーを見つめ目を細めて口を開く。



「どうしても、俺は先生からの愛がほしい……お願い、好きって言ってよ。嫌ならもう、ここで突き飛ばして嫌いって言って」



 愛に飢え懇願するセオドアの姿に、ジャスパーはやがて諦めたように身体の力を抜いてセオドアに手を伸ばす。
 セオドアはその手に気付くと、じっとその場を動かず震えた瞳でジャスパーを見つめた。


しおりを挟む
感想 153

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

処理中です...