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一年生・夏の章
喧嘩は愛の味①
しおりを挟む最近色々と騒がしい日々を送っていたフィンは、リヒトから執務室に呼び出され、明日の図書館でのバイトについて注意を促された。
「バイト中も、怪しい人がいたら不用意に近付かないで」
「うん、大丈夫!」
フィンは笑顔で返事をするが、リヒトはじとっとした目でフィンを見る。
「……フィンのこういうことに対する“大丈夫”は信用してないからね」
「えぇっー!?」
最近はクラウスの件に始まり、慣れないパーティーへの参加をし、経路不明の催眠ジュースの摂取で危うく襲われそうな目にも遭った。
それでも当の本人は、良いか悪いかは別にしてあまりそれを気にしていない。自己評価が低く、自分に対して性的な興奮を覚える者がいるということを理解できていないから、自己防衛の意識が低い、というのがリヒトの見解だった。
「この前のアレ……ジュースに薬を盛られたのは気付かないのも仕方がない。俺でも、王族のパーティーでウェイターが出す飲み物を信用してしまう。俺が言いたいのは、理由はどうあれ、君を犯そうとしている奴が今後も出てくるからそれを意識して欲しいということなんだ。君はとびっきり可愛いから、そういう目で見られることがあるとそろそろ自覚して」
催眠ジュースの一件の後、リヒトはフィンに同じように言い聞かせたていたが、フィンは頷きはしても本質を理解はしなかった。周囲が傷付けば事の重大さを理解するのに、自分自身が被害に遭っただけでは、フィンは恐怖を感じはしても、その後の強い意識は見られない。
「気を付けたいのは山々だけど、そ、その……リヒトに嫌がらせって以外で僕にそういうことしたいひとっているの……?パーティーの時って、結局別の理由がありそうなんだよね?」
フィンは不思議そうにリヒトにそう問いかけると、リヒトは「いる」と即答した。
「前から何度もそう言ってるんだけどな……なんで分からないのフィン」
今までも、もう少し危機感を持って欲しいとフィンに教え込んでいたが、誰かを疑うことが苦手なフィンの性分はどうしようもない。
「でも、いたとしても誰がそう思ってるのか分かんないんだもん……」
ましてや、自分に魅力があるということに疑いを持っているため、知らない相手に性的に興味を持たれるということにいまいちピンときていない様子だった。
「知らないひとは全員そう思ってるって思うぐらいの意識で関わった方がいい。警戒してますという雰囲気を出すだけで、牽制になるよ」
リヒトがそう諭すと、フィンは困ったように首を傾げる。
「……僕のなにがそうさせてるの?」
フィンは心底不思議そうにリヒトを見上げる。
透き通るような白い肌に、性別が分からなくなるぐらいに愛らしい顔立ち。
華奢で、小柄で、思いきり抱き締めれば壊れてしまいそうなぐらいの儚さと、周囲を幸せにする無邪気な笑顔。
その純粋さを独り占めしたいと劣情を抱く者がいてもおかしくないと考えるリヒトを、大袈裟ではないのかと疑うフィンに、リヒトは眉を顰めた。
「説明できないが、君は支配したくなる魅力があると思う。顔だってとびっきり可愛いし、人を疑わない性格だ。隙が多すぎる」
リヒトがそう言い放つと、フィンは手鏡で自分の顔を見て首を傾げた。
「ハイエルフは元々、支配欲が強い本質を持ってる。体の作りも違うし、服従させる事に喜びさえ覚える嫌な生きものだ。だが、理性があるからそれを抑えて生きることが出来る。君に対する湧き上がる危険な支配欲は、いつも性欲で満たしてる。気付いてる?」
「……」
フィンは目を泳がせ、首を横に振って俯いた。
フィンがどこか無防備なのは、自分自身への興味が薄いからだろう。他者への慈しみはあっても、それを自分へ向けない。
だからこそ、周囲は彼への庇護欲と征服欲を発現させるのかもしれない。
「でも、リヒトの方がよっぽど綺麗だよ……?」
フィンは心からの気持ちでそう話すが、リヒトは首を横に振ってみせる。
「俺は君のように愛嬌は無いし、誰にでも優しい訳じゃない。自分で言うのもなんだが、見てくれはよくてもそれが“愛される”ということではないんだよ。抱いて欲しいとせがむ奴は腐るほどいたが、君の魅力とはまた違う」
リヒトは軽く溜息を吐く。
「……リヒトに抱いて欲しいひと、きっといっぱいいるよね、だってリヒトかっこいいもん」
フィンは小さな声でそう返すと、リヒトはフゥッと息を吐いて目を細める。
「……フィンは俺を独り占めしたいって思う?嫉妬とかしてくれるの?いつも俺ばかり、君に愛を押し付けている」
リヒトはフィンの腕を掴み引き寄せると、その腕に唇を這わせてじっとフィンを見つめさらに続けた。
「俺は君を猛烈に独占したいんだ。キスもセックスも、俺しか君に出来ないことだと周りにも分からせたい。そしてその感情を、君にもわかって欲しい」
フィンはリヒトの言葉に顔を赤くし、なんと返したら良いか分からず困惑した表情を浮かべるも、やがて口を開き話を始める。
「僕だって……リヒトのこと、誰にもあげたくないって思ってる。リヒトが他の子とキスしたりそれ以上のことするなんてやだ……。嫉妬だってするよ」
「本当に?俺は子供じみた感情で言ってないよ。本気なんだ」
リヒトが疑うようにフィンに問いかけると、フィンはムッとした表情で立ち上がり扉の方へ向かう。
「僕だって本気だよ」
フィンは少しムキになって部屋に戻ろうとするが、ドアノブを押しても引いても開かず困惑した表情を浮かべる。
「あれ……?」
「開かないよ。この家は俺の意思で動かせる。教えなかった?」
リヒトはソファーにもたれかかり、その場から逃げようとするフィンを見つめ表情を曇らせた。
「なんで……」
フィンが振り返り問いかけると、リヒトは立ち上がりフィンの服を掴んで引っ張る。
「わっ、服、ひっぱらないでっ」
よろめくフィンは、じたばたと暴れるもリヒトに簡単に抑えられ後ろ首を掴まれる。
「逃げようとするから。俺はまだ大事な話をしてるのに、聞く気ないの?」
リヒトはそのまま乱暴にフィンの身体をソファーに放り、じっとフィンを見下ろした。いつもとは違う雰囲気を感じたフィンは、慌てて起きあがろうとするも、リヒトに胸元を押さえ付けられ、それが叶わない。
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