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一年生・春の章
毒りんご?にご注意 後日談
しおりを挟む一週間後、リヒトは何十枚もの紙束を抱えエリオットの元を訪ねた。
「久しぶりに論文を書いた。しかも専門外のな」
「はぁ?なんだよ急に」
エリオットはリヒトから論文を受け取ると、訝しげに一瞥する。
「リビドリアを“毒物指定”から“特級毒物指定”に上げるようにミネルウァ侯爵に伝えてくれ」
ミネルウァ家の当主“ケイネス・ミネルウァ”は、エリオットの父であり、そしてミネルウァ・エクラ高等魔法学院の学長。さらに、“王族特務・大魔法学師”であるため、王国の頭脳とも呼ばれている。
「なんだ唐突に……“リビドリアの催淫効果とその危険性について”だと?こりゃまたレアな果物について調べたな」
エリオットは首を傾げながらその論文を手に取り、パラパラと内容を見ていく。
「…………」
ページを捲るごとに顔色が変わっていき、捲る速度が早くなっていくエリオット。
「……なるほどな。これが本当なら確かに特級毒物に指定した方がいい。悪用でもされたらとんでもないことになる」
リヒトは紅茶を啜りながら、エリオットの言葉に頷く。
「未だにリビドリアが出来上がるメカニズムが完全に掌握しきれてないのが幸いだ。ところで俺はリゼティーは嫌いなの知ってるだろ、嫌がらせか」
リヒトは渋みの強い紅茶の味に眉を顰め、不満げにティーカップを置いた。
「あぁすまん、忘れてたわ。俺は何でも飲むから」
エリオットはある疑問を抱き始め、ページを捲る手を止めてリヒトを見る。
「……そういえば、被検体は?実際に使用したところを見ないと、こんな正確な情報は出ないだろ」
「二十代、ハイエルフ、オスって書いてるだろ」
リヒトは自らを指差し、特に恥ずかしがることも無くそう言って退けるが、エリオットは大きな音を立てて立ち上がった。
「おま……本気か?自分で!?」
エリオットは唖然とした顔でリヒトに問いかけるが、リヒトは鼻で笑う。
「俺が分厚い論文を書いてまで冗談言うと思うか、エリオット」
「思わないが信じられん!……それに、この部分の被検体はだれだ?」
エリオットは“リビドリアの毒に侵された者の精子を経口もしくは粘膜で摂取することで、その個体にも催淫効果が認められる”という文面を指差し、食い気味にリヒトに質問する。
「言う必要あるか?」
リヒトは眉を顰め答えたくなさそうな表情を浮かべた。
「ある。というか言え」
「……十代、エルフ、オス」
リヒトは舌打ちをしてエリオットから目を逸らし、しれっとした顔で言うと、エリオットはサーッと青ざめる。
「おまっ……俺の大事な生徒になんて事を……あんな純粋な笑顔をする子に……なんて可哀想な!」
エリオットは低く唸るような声でそう言うと、ガクッと項垂れ頭を抱えた。
「お前のアホみたいに情報の少ない論文のせいだろ。しかも被検体は動物の。知ってたら食べなかった。……念の為に言うが、合意の上だ勘違いするなよ(やりすぎたのは否めないが)」
リヒトが苛ついた表情を浮かべながら文句を言うと、エリオットは「うっ」と言葉に詰まり言い返せず頭を掻いた。
「エルフ種が摂取すると、破壊的な催淫効果が発揮される。これを他国に出荷して儲けようとしてる貴族がいるなら根回ししておけ。特級毒物を輸出したらどうなるかをな」
リヒトは薄ら笑みを浮かべる。
「……とりあえず特級毒物指定にする手筈は進めておく。貴重な論文ありがとう」
エリオットは論文に一通り目を通すと、バサッと論文を机に置いた。
リヒトは思い出したような顔をして指を鳴らすと、机の上にガラスの大きめの瓶が現れる。瓶の中には、綺麗に切られたリビドリアが入っていた。
「リビドリアの残りだ。齧ったところは切り取ってる。残りはお前が調べろよ」
「……貴重な物をありがとう。だが俺は食わないぞこんなもん!研究はさせてもらうがな」
エリオットは強くそう言い放ち、ガラス瓶を両手で持ち上げてジーッとリビドリアを睨む。
「好きにしてくれ。腐敗性や毒性の経時変化、リビドリアが出来る過程とかもっと詳しく調べたらどうだ?俺は忙しいし、そこまでやる義理はないしな」
リヒトは残った紅茶を不味そうに飲み干し、スッと綺麗に立ち上がる。
「じゃ、俺は仕事に戻る(まだ腰が若干痛いな……)」
「あぁ。ごくろーさん」
エリオットはリヒトを横目に軽く手を振ると、リヒトは背を向けたまま手を振り部屋を後にする。
「……文句言いながらも、出された紅茶を残さないのがアイツの良いところだな」
エリオットは空になったティーカップを見ると、フッと笑みを浮かべたのであった。
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