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一年生・冬の章/番外編

お楽しみキャンディ“若返り味”②

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 その瞬間、リヒトの体から煙が吹き始め、フィンの視界は真っ白になる。リヒトはと言うと、次第に体に熱を帯び始め体の変化を感じていた。その仕組みを瞬時に解き明かすと、「なるほどな」と小さく呟き目を細めると、一瞬にして気を失ったように俯く。


「!?」


 わくわくと胸を躍らせていたフィンは、途端に立ち込める煙に驚く。


「リヒト、大丈夫?」


 心配そうの声をかけるも、返答はない。
 夥しい煙を掻き分け視界がクリアになると、フィンの目の前には小さな赤ん坊がいた。


「わぁ……!」


 白銀の髪を持ち、透き通るような碧い瞳。赤子からすでに完成された美しい顔立ちは間違いなくリヒトそのものだった。


「ほ、本当に“若返り味”が当たった!?リヒトが赤ちゃんになった……!」


 リヒトであろう赤子は、元々着ていた服に埋もれつつあるが、泣きもせずじっと真顔でフィンを見ていた。


「小さくて可愛い……リヒトは赤ちゃんの時から美人さんだねぇ?」


 フィンは感激して目を潤ませながらリヒトに手を伸ばす。
 柔らかくシルクのように輝く髪を撫でてから、しっとりとした柔らかな頬を優しくつつき様子を伺う。


「……」


 リヒトは大人しくそれを受け入れているが、怪訝そうな表情を浮かべていた。


「あ、ごめんね?嫌だったかな……」


 フィンは恐る恐るリヒトを抱き上げる。今この瞬間にリヒトとしての意識はあるのだろうか。


「リヒト、僕がわかる?」


 リヒトは何も答えずじっとフィンを見つめた。


「うぅーん?分からないのかな……そりゃそうかぁ」


 フィンは困ったように笑みを浮かべるも、身長差で今まで叶うことがなかった“リヒトを抱き上げる”という経験が出来たことに感激し優しく頬を寄せる。


「赤ちゃんのにおい!」


 フィンはくんくんとリヒトの匂いを嗅ぎ多幸感に包まれた。


「そうだ!エヴァ様にも見せてあげなきゃ!」


 フィンはとりあえずリヒトを大きくてふわふわのタオルに包んで抱き上げると、いつ元に戻ってもいいようにとリヒトが着ていた服も持ってそのまま本邸に顔を出す。


「エヴァ様いますかー?」

「はぁーい!フィンちゃんいらっしゃ……い!?」


 フィンの来訪に嬉しそうな声を上げたエヴァンジェリンだが、フィンが抱く子供を見た途端に固まる。



「ちょ、ちょっと……リヒトってば、とんでもない魔法を開発してフィンちゃんに子供を産ませたの!?!?」


 エヴァンジェリンの斜め上の勘違いに、フィンは大慌てで首を振る。


「ちっちがいますよエヴァ様、この赤ちゃんはリヒトです!」

「え?リヒト?」


 エヴァンジェリンは恐る恐るリヒトの顔を覗き込む。


「お楽しみキャンディの“若返り味”で赤ちゃんになっちゃったんです!」

「……」


 エヴァンジェリンはキョトンしたままさらにリヒトを見つめる。

 確かに、これはどう見てもリヒトだ。
 納得したエヴァンジェリンはそっとリヒトを抱き上げてみる。相変わらずリヒトは泣きもせずただエヴァンジェリンを見ていた。


「このふてぶてしさ、リヒトに間違いないわね」


 エヴァンジェリンは一気に笑みを浮かべた。


「懐かしいわね。リヒトって本当に泣かなかったのよねー。感情が乏しいというか。でも、魔法を見せると少しだけ目を見開いて嬉しそうにしてたのよ。やってみようかしら」


 エヴァンジェリンはリヒトをフィンに再び戻すと、杖を取り出しリヒトの眼前に光魔法で鳥を具現化させた。


「!」


 するとリヒトは興味津々な様子でそれを目で追いかける。


「本当だ、赤ちゃんの時から魔法が大好きだったんだね、リヒト」


 フィンはそう言って笑いかけるが、リヒトは魔法の鳥を目で追いかけてばかりだった。魔法の鳥はリヒトの頭の上に止まると、弾けるように消える。そのタイミングでリヒトの体から再び煙が吹いた。


「あ!もう戻っちゃのかな」


 フィンはそっとリヒトを椅子に乗せて様子を伺った。
 やがて煙が消えていくと、フィンとエヴァンジェリンは目を見開く。なぜなら、元に戻ると思っていたリヒトは、シエルとノエルほどの背丈に成長していたからだ。


「徐々に大人に戻る仕組み?とても面白いわね」


 エヴァンジェリンは手を叩いて喜ぶ。


「こんな仕組みだったのは知りませんでした……」


 椅子に座っていたリヒトは、不機嫌そうに立ち上がりフィンを見る。かろうじて体を覆っていたタオルが落ちると、リヒトは全裸の状態で周囲を見渡した。何が起こったのかと状況を理解できずにいる様子で眉を顰める。
 フィンは慌てて自分が着ていた制服のジャケットをリヒトに着させてあげた。


「リヒトごめんね、寒いよね」


 フィンが気を遣ってそう声をかけるも、リヒトは鋭い眼差しでフィンを睨んだ。


「姉様、この人は私の新しい執事ですか」


 リヒトはフィンを覚えていない様子で、怪訝そうにエヴァンジェリンに問いかける。年齢不相応なハッキリとした話し方に、エヴァンジェリンは懐かしそうに口元を緩ませた。
 

「あら。記憶がないの?フィンちゃんを忘れるなんて酷い子ね」


 フィンは眉を下げ寂しそうな表情を浮かべた。


「……僕、完全に不審者ですよね」


 フィンは思わずリヒトから後退り様子を伺った。
 リヒトは顔だけ動かしフィンを見上げて凝視する。


「……」


 フィンはというと、そんな視線に困りつつも、8~10歳ほどに成長したリヒトの姿を見て感銘を受けていた。


「(うう、成長したリヒトもすごく綺麗~!彫刻みたい!)」

「……ちんちくりん」

「へ」


 リヒトから思いもよらぬ言葉を吐かれ、フィンは目を丸くする。


「姉様、私はこんなちんちくりんの執事はいりませんので」


 リヒトはそう言って腕を組みフィンからそっぽを向いた。


「……フィンちゃんごめんなさいね。この子ったら本当に口が悪くて失礼な子供でしょ」


 エヴァンジェリンがそう嗜めると、リヒトはさらに続ける。


「それにしても姉様、老けましたか。なにか違うような」


 リヒトの一言にエヴァンジェリンはカチンと来たのか、目を引くつかせ杖を取り出した。


「いい度胸ね。久しぶりに姉弟喧嘩でもする?」


 エヴァンジェリンは口元こそ笑っているものの、目が完全に笑っていない状態でリヒトに杖を向けた。フィンは慌ててリヒトの前に立ちエヴァンジェリンを宥める。


「エヴァ様落ち着いてください……!」
 

 リヒトはその様子を見て鼻で笑うと、再び体から煙が吹き始めた。
 


 
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