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一年生・夏の章

忍び寄る影①

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 夏の暑さに混じり、怪しい影が迫り来る。







 フィンはミネルウァの校舎を歩いていると、背後から怪しい視線を感じ振り返った。


「?」


 しかしそこには誰もおらず、フィンは首を傾げる。ここ最近、こういった怪しい視線を感じることが多いが、振り返っても何もないため、フィンは不安に思いつつも気にせず過ごしていた。



「どうかしたか」



 横を歩いていたルイは、突然止まり後ろを確認したフィンに対して不思議そうに声をかけたため、フィンは慌てて首を横に振った。



「んーん、なんでもない!そういえばセオ君は?」

「日直だから、先生とこで実験材料受け取ってから行くって」

「そっかぁー!魔法薬学はたくさん材料使うもんね」



 フィンはルイと雑談をしながら、もう一度後ろを振り返る。
 すると、暗く淀んだ雰囲気で、怪しい笑みを浮かべる男子学生と目が合った。暗い紫色の髪で、前髪は両目を隠しているが、確かに目が合ったのだ。



「……?」


 フィンはその異様な雰囲気に身震いし瞬きをすると、その者は一瞬で消え失せたため、フィンは驚きの表情を浮かべる。



「!?(消えた!)」

「おい、フィン。よそ見するなって前から言ってるだろ」


 ルイは後ろを見ながら歩くフィンに対して注意すると、前を向き直ったフィンが早速段差に躓く。


「あ!」


 ルイは咄嗟に指輪を杖に変え、フィンを浮遊魔法で浮かせると、ふわりと着地させた。


「言わんこっちゃない……」

「えへへ、ありがとう!ルイ君、相変わらず瞬発力いいね」


 フィンは満面の笑みでルイにお礼を言うと、ルイは少し照れながらぽりぽりと頬を搔く。



「……俺の事を褒めてないで、そのボケっとしたとこどうにかしろ第一位」


 ルイはポンっとフィンの背中を叩くと、クスッと笑みを浮かべた。


「はーい!」

「本当にわかってんのか……」


 呑気に笑みを浮かべるフィンに、ルイはやれやれと軽くため息を吐く。
 そして、フィンを前に行かせ先に教室へ入れると、ルイは後ろを振り返った。



「(アイツ、ここ最近気持ち悪い魔力出しやがって。バレてないとでも思ってるのか)」


 実は、ルイはフィンを見つめる不審な男子生徒に随分と前から気付いており、フィンをなるべく一人にさせないように行動していた。
 それはセオドアにも共有しており、フィンを守るため警戒する日々を送っていたのだ。



「何が目的なんだ?アイツ」



 ルイは低い声でそう呟きながら、警戒した様子で教室に入っていく。
 その様子を見た怪しいエルフは、爪を噛みながら閉じていく扉を睨み付け、長い前髪の奥で、狂気に満ちた瞳を潜ませた。



「邪魔だな、あのハイエルフ」



 息を荒くさせたエルフは、そのまま踵を返し消えていく。荷物を抱えたセオドアがすれ違うと、セオドアは珍しく真面目な顔で振り返り、その怪しいエルフを一瞥した。



「はー。何企んでんのかね」



 セオドアは「身元は割れてるぞ」と小さく呟くと、フィン達がいる教室へと足早に向かっていった。






-----------------------------------




「こんなもんか」



 魔法薬学の授業中、課題の“変身薬”を作り終えたルイは、それを自ら飲み干して猫耳と尻尾を生やす。



「南部の生まれだし、やっぱスナネコが体の馴染みがいいな。違和感ないわ」

「ネコ科似合うよなーお前。俺何にしよう。何でも作れるし、どうせなら似合うのがいいな」


 セオドアの前の机には、試作品がずらりと並んでおり、魔法薬を作ることに何ら苦労はしていない様子だった。
 周囲をみると、片方の耳しか出現しなかったり、尻尾だけの者がいたり、苦戦している者もいる中で、これだけ短時間で成功品を生み出しているセオドアに、ルイは感心している。


「すげーな、全部成功品か。さすが医者と薬学の家系。専門か」

「まぁねん。小さいうちに一応基礎は学んでたし……ケッコーサボってたけど」



 セオドアは用意された薬をビーカーに入れ、うーんと悩み出す。


「狼とかどうだ?」

「あ、いいねそれ。教科書に載ってないやつじゃん?作ってる奴いねーし、ちょー目立つ!?」



 セオドアは白衣姿で立ち上がり、大量の魔法薬を手に取って笑みを浮かべる。



「余ったら持って帰っていいんだよな?めっちゃ作ろ」


「(いやいや、持って帰って何に使うんだよ……)」



 ルイはセオドアを訝しげに見た後、ちらっとフィンの方へ目を向ける。

 王都で人気なサーカス団もよく利用している変身薬。使う魔法薬が高価ということもあり、多く普及はしていない。そんな魔法薬を大切そうに扱うフィンは、ワクワクしながら試験管とビーカーを持っていた。
 液体同士を合わせ、ふわっと魔法陣を錬成すると、魔法薬がたちまち沸騰して青からピンクに色を変える。



「フィン、それなんの変身薬だ?」

「んとね、僕はうさぎにしてみた!耳がピーンッて立ってて大きいから、背も大きく見えそうだし」

「何だその理由(つーかウサギなんて余計可愛いだけじゃないのか?)」


 フィンはできた薬を見ると、パァッと嬉しそうにルイに見せた。


「できた。これ余ったら持って帰っていいんだよね?」

「あぁ。(だから、揃いも揃ってこいつら……持って帰ってどうするんだ?)」


 フィンは作った薬をゴクっと飲むと、ぴょこんっと兎耳が生える。しかし、フィンの思惑通りのピンっと立った耳ではなく、だらんと下に垂れた耳になった。


「あれ?ロップイヤーになっちゃった!まぁいいっか。似合うー?」


 ちょっとした配合のズレで種類が変わる事を学んだフィンは、垂れ耳うさぎの状態で楽しそうにルイに話しかける。
 揺れる兎耳を見たルイは、うずうずとしながらジーッとフィンを見つめた。



「……似合う」



 ルイは悪戯心で兎耳をむぎゅっと掴むと、フィンは「ひゃぁっ!?」と喘ぎ声にも似た声を上げ顔を真っ赤にする。



「おまっ……な、なんつー声を……」


 ルイはそう言って顔を赤らめ机に突っ伏すと、セオドアはゲラゲラと狼耳を出しながら声を上げて笑う。



「ご、ごめっ……不意打ちでびっくりしちゃった」


 フィンはかぁーっと赤くなりながらルイに謝罪すると、ルイはフィンを見てため息を吐く。


「お前本当はあざといんじゃねーの……」

「あざと……?」


 フィンは困ったように首を傾げる。


「いやいや、フィンちゃんのこの純粋な眼を見ても言える!?煩悩だらけのルイと一緒にするなよー」


 セオドアはフィンの兎耳を撫でながら気持ちよさそうに笑みを浮かべると、ルイは猫の尻尾でセオドアの背中を叩き舌打ちをした。


 






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