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大魔法師たる所以②

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「王族特務機関・大魔法師のシュヴァリエ公爵がお見えです」

「通せ」


 扉の前で待機していた王族の護衛騎士が、大声で扉の向こうにそう伝えると、中から威厳のある声が返ってくる。
 護衛騎士はその声を聞いて、ゆっくりと堅牢な扉を押し開いた。
 リヒトは扉が開ききると、中にいる人物の手前まで行き、片膝をついて俯く。
 厳かな雰囲気の中、リヒトは口を開いた。


「シュヴァリエ家当主、リヒト・シュヴァリエが参りました。お呼びでしょうか、王子」

「……リヒト、久しぶりじゃないか」


 王子、と呼ばれた金髪緑眼のハイエルフは、豪奢な椅子から立ち上がる。そして、虎の紋章が描かれたブローチを軸にする赤いマントを引きずりながら、勝気な表情で赤い絨毯の上を歩いた。
 豪華絢爛な部屋の両端には、これでもかと言うぐらいに護衛が待機している。


「お久しぶりでございます」


 リヒトは顔を上げず、形式的に王子に返事をした。目の前に王子が立つと、リヒトの視界に王子の履くブーツの先端が映り込む。


「顔を上げて立て、もう畏まらなくていいぞ。いつも通りでいい」

「……はい」


 リヒトは言われた通りに立ち上がると、王子より背が大きいため、相手を見下ろす形になった。


「とは言っても、俺より大きいのは腹立つな、昔からだが」


 王子がそう言うと、リヒトはフッと笑顔を見せた。一気に和やかな雰囲気になり、王子もニカッと笑顔を見せる。


「立てと言ったのはそっちだろ。相変わらず我儘な王子だな。で、今日は何の用だアレク」


 ローザリオン王国の第一王子・アレクサンダー。愛称は“アレク”で、その名で呼べる人物は限られている。
 リヒトは王子と対等な口調で話をしており、それを咎めるものは誰もいないのは、リヒトとアレクは幼少期から仲が良かったからだ。
 


「(王子を愛称で呼んでる……さすが幼少期からのご友人)」


 キースは2人のやり取りを見ながら、流石シュヴァリエ公爵、と心の中で叫ぶ。
 リヒトはフゥッと軽くため息を吐きながら、王子の口から任務の内容が伝えられるのを待った。


「今日お前を呼んだのは、緊急事態だからだ」


 アレクサンダーは、眉間に皺を寄せ困った表情を浮かべる。


「この国の誉高き王子が直々に俺を呼び出したんだ。相当な任務なんだろうな」


 リヒトは、首を傾げ凜とした表情でアレクサンダーを見つめ、嫌味のように言い放った。


「うん。簡潔にいうと、熊、倒して欲しいんだけど!」


 アレクサンダーの任務内容に、リヒトは愕然とする。


「はぁ?(熊だと?コイツふざけてんのか?)」


 リヒトは苛ついた表情でアレクサンダーを睨み付ける。熊なんぞ、そこら辺の衛兵にでも退治させろと言わんばかりのオーラを放つと、アレクサンダーはビクッと肩を震わせ一瞬萎縮し、両手を前に出して話を続けた。


「いや、待て待て待て。まぁ、聞けよ!いいか、熊っつってもただの熊じゃねぇ。ドラゴンベアーだ!」


 ドラゴンベアー。通常の熊が何らかの理由でドラゴンの血を吸い、異常な変異をし強力な化け物に化した上位魔物。
 屈強な戦士でも、ドラゴンの血を吸った生き物は、1人では倒すことが難しいとされている。


「……ドラゴンベアーだと」


 リヒトは訝しげな表情を浮かべた。


「いやーこれがさ、滅茶苦茶強い。精鋭隊100名を送り込んで全滅だ。王族騎士団の精鋭だぞ?何か裏がある気がするんだ。熊にもアカシックレコード使えるか?」


 アレクサンダーの言葉に、リヒトは軽く頷く。


「鳥や兎には使えた。多分可能だ。殺す前に触れて、何か裏がないか探れってことか?」

「そーそ。話が早いな!」


 アレクサンダーは、ウインクをしながらご機嫌な様子でリヒトの肩をポンポンと軽く叩いた。



「引き受けてやるが、シルフィーはどうした。俺はそもそも戦場に赴いて敵を倒すタイプじゃない。1人で殺らせる気か?」


 シルフィーは貴族出身で、王族特務・大魔剣師と王族騎士団の隊長を務める凄腕の魔剣師だ。
 国中の騎士が彼女を崇拝し、憧れの存在として君臨しているエルフ。彼女に行かせるべきでは?とリヒトは疑問をぶつけた。


「アイツは今、重要な任務で王都から離れてるんだ。この件とちょっと関係あってな。っつーことで地図は渡しとくから!報酬もたぁーっぷり弾んどくしぃ」


 アレクサンダーは軽いノリで、さらにリヒトの肩をパンパンと軽く叩きニヤニヤと笑みを浮かべる。


「……仰せのままに」


 普段は策略や王国の防御体制を整える魔法を得意とするリヒトだが、アレクサンダーはそれを分かってもなお、リヒトにこの案件を任せた。
 その理由はただ一つ。アレクサンダーにとってリヒトは、この王国で心から信頼しているうちの一人だからだ。そしてこの件には裏がある。
 リヒトは友人のために成果を出すべく、踵を返した。


「頼んだぞリヒト」


 アレクサンダーは真顔でリヒトの背中にそう言い放つと、リヒトは振り返らずに口を開いた。


「任せてくれ。俺を誰だと思ってる」


 リヒトの返事に、アレクサンダーはクスッと笑みを浮かべその背を見送った。
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