星流国の狐族〜池に落ちたら、妖怪しかいない異世界にワープした!?〜

みるくくらうん

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救えるならば②

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「兄さん……ごめんね、もう僕は自分の意思で何かすることが出来ないんだ。こうして話を出来るだけでも奇跡だよ」


 ヒサトはそう言って連続で何度もゲンドウに斬りかかり、ゲンドウはそれを受け止め何度も攻撃を流す。ヒサトを斬る隙はいくらでもあるのに、それが出来ない。


「もう、どうにもならないのか」


 ゲンドウは悲痛な表情で問いかけるも、ヒサトは自らの死を覚悟し、ニコリと優しい笑みを浮かべた。


「もう、心臓まで真っ黒。体の髄まで酒呑童子の瘴気に浸かってるんだ。長い間今に至るまで、酒呑童子から継続的に瘴気を供給されているからね。僕は自分の妖力がもう無いんだよ兄さん」


 黒妖怪になっても、残された妖力がある限りはナツメの力でどうにかなったかもしれない。しかし、妖力が空であれば、瘴気を全て吸ったところでヒサトの体が空っぽになるだけ。
 今ヒサトの魂を生かしているのは、間違いなく酒呑童子の瘴気だった。
 ジレンマを抱えたゲンドウは何か手立ては無いのかと考え刃を振るうが、最早策は思い付かなかった。


「……」


 ゲンドウは何も言わず悔しそうな表情を浮かべる。
 ヒサトはまるでゲンドウを宥めるような優しい声色で話を続けた。


「兄さん、僕はもう良いんだ。兄さんが元気で生きていたのを見れて、思い残すことなんてない。元は僕がドジ踏んで捕まった所為なんだし、兄さんが気に病むことだってないよ」

「ワシがあの夜、お前に森の異変の様子を見に行かせた。ワシの所為だ。ワシも一緒に行けば良かったのだ……」


 二人は刀を交えながら切ない会話を続ける。地面は雨で濡れ二人が激しく動く度に泥が舞い、お互いの服を汚していた。


「兄さん。僕を唯一頼って居場所をくれた兄さんが大好きだよ。何もお返しできなくてごめん」


 ヒサトは涙声でゲンドウに謝罪をすると、ゲンドウは唇を震わせる。


「っ」

「終わりにしよう、兄さん。兄さんにこんなことさせてごめん。昔からお願いばかりしてごめん。でも僕、誰も殺したり傷付けたりしたくないんだ。だから兄さんの手で僕を」


 ヒサトはそう懇願するも、ゲンドウは歯を食いしばり決意できずヒサトを吹き飛ばす。


「ヒサト……ワシにお前は殺せない!」


 雨の中切なげにそう言ったゲンドウは、刀を下ろし戦う意思を喪失させて悲しげな瞳でヒサトを見た。


「兄さん、やめてよ……!刀を構えて!このままじゃ僕が兄さんを斬ってしまう!」

「……」


 ゲンドウは何も言わず切なげに笑ってヒサトを見据える。
 優しく、思いやりがある最愛の弟を殺せるわけがない。刃を交える度に過去の破片が散って、嫌でも暖かい記憶を思い出してしまう。
 斬って終わらせることが最善だとしても、それがヒサトの願いだとしても、弟の帰還を待ち望んできたこの気持ちがそれを拒否した。


「悪いな、ヒサト」


 ゲンドウはそう言って力無く笑うと、持っていた刀を地面に投げた。終始その場面を見ていたナツメは「ゲンドウさん!」と叫び駆け寄る。
 その声を聞きつけたアサヒとカゲロウもその振り返りその場面を見て焦った表情を浮かべるが、酒呑童子の猛攻を止めることに必死で動きが鈍る。


「おいおいよそ見は厳禁だぜぇー!?ほら、俺の瘴気たっぷりの蛇妖怪を喰らえ」


 酒呑童子は可笑しそうに笑ってカゲロウに蛇の攻撃を仕掛けると、カゲロウは噛まれぬよう刀でそれを防ぐ。


「クソッ……お館様!」


 カゲロウはゲンドウに向かって大声で叫ぶが、ゲンドウは刀を持つことなく突っ立っている。


「俺が行く!」


 アサヒは酒呑童子に背を向けて駆け付けようとするが、酒呑童子はすぐさま回り込んで雨を味方につけ地面に渦を作った。


「どぉーこ行くんだよー?泥にまみれて死んじまいな、クソガキ」

「ッ!!!???」


 瘴気まみれの渦に足を引っ張られるアサヒ。
 ヒサトは酒呑童子が連続で技を使ったことのより、少し隙が出来たのか、ゲンドウに向かって刃を振り翳そうとすることに抗って震えながらなんとか攻撃を止めていた。


「に、兄さん……避けて。長いこと止めるのは、無理だからっ……ちゃんと僕を、僕を弟のままでいさせてよ、兄さん」

「お前を殺すくらいなら、死んだほうがマシだ」

「兄さん……!この分からずや!お願いだよ!逃げて兄さん!」


 ヒサトはそう叫ぶも、ついには抵抗虚しく体が動き刃がゲンドウに振り下ろされる。


「(ワシは長く生きすぎた……もう十分だ。弟を殺してまで生きながらえたくない)」


 ゲンドウは覚悟したように静かに目を瞑った。


「……?」


 しかし、いくら待っても痛みはなく、ゲンドウはうっすらと目を見開く。すると、寸前のところで刃が止まっており、ヒサトはなにやら動けない様子だった。


「ゲンドウさん!!!」


 ナツメはゲンドウを呼び慌てて駆けつける。
 どうやらヒサトに向かって魂縛呪を使い、ゲンドウを殺さないよう動きを止めていた。
 ヒサトはゲンドウを斬らずに済んだことでホッとした表情を浮かべた後、不思議そうにナツメを見る。


「この、力……魂縛呪だよね?君、ニンゲン……?」

「うん。サクナと一緒のことできるみたい」


 ナツメはそう言って笑みを浮かべると、今度はゲンドウに向き直り慌てて付けていたお面を外し睨み付ける。


「おいゲンドウさん!自分から死のうとするなんて馬鹿なのかよ!弟の気持ち考えろよ!!!こんなの誰が幸せになるんだよ!!!」


 魂縛呪を使うナツメは、ゲンドウを刃の軌道から避けさせるために思い切り突き飛ばした。ゲンドウは尻餅をつき、目を見開き驚いた後切なげに俯く。
 カゲロウとアサヒは、ゲンドウが斬られていないことに安心した表情を浮かべた。

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