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救えるならば①
しおりを挟むヒサトは酒呑童子を庇うために体勢を捻るが、ゲンドウはそれに立ちはだかり刀を振るうと、別方向へヒサトを蹴り飛ばした。
「ヒサト、すまない」
ゲンドウはヒサトを酒呑童子の近くに居させないようにあえて遠くまで飛ばすと、瞬時に刀を振る。ヒサトはそれを刀で受け止め、切なげに笑った。
「ううん。これで良いんだよ。ごめんね兄さん。兄さんにはいつも嫌な役回りをさせて、ごめん」
ヒサトは涙ぐみながら、震える手で柄を握りしめてそう言う。
ゲンドウは過去を思い出した。酒呑童子と対峙する遥か昔、二人がまだ幼い頃のことだ。
---------------------------------------------
『兄さん、またお稽古サボってるのー?』
刀の稽古の時間になっても現れない兄の姿を探すヒサトは、屋敷(旧夜帳屋敷)の屋根で稽古をサボっているゲンドウの姿を見つけ困ったように笑った。
『今日は気分じゃない。ほっとけよ』
ゲンドウはヒサトにそっぽを向いた。
元々不真面目な性格だが腕は立つゲンドウと、体は弱いが真面目で勤勉なヒサト。真逆な二人ではあったが、仲はかなり良かった。
『もー。兄さんってば本当に気分屋なんだからぁ。次期お館様になるんだよー?ちゃんとしないと僕が怒られちゃうよぉー』
ヒサトはぷくーっと頬を膨らませゲンドウの背中を叩く。
『興味ない。ヒサト、お前がお館様になればいい。俺よりちゃんとしてる』
『ちょっと兄さん、何言い出すのー!?兄さん、すごく強いし神童って呼ばれてるの知らないの??期待されてるんだからね!?』
ヒサトは屋根の上で地団駄を踏みながら必死に訴えた。
『ヒサトだって立派な俺の弟なのに、みんなお前を体が弱いからと腫れ物扱いじゃねぇか。だから嫌なんだこんな家。死んでもお館様になんかなってやらねぇ!』
ゲンドウは思い切り起き上がってヒサトにそう怒鳴りつけると、ヒサトは目を見開いた後にニコリと笑みを浮かべた。
『……兄さん、僕のために怒ってくれてありがとう』
切なげで優しい笑み。ヒサトは不当な扱いを受けてもいつも笑顔だった。
『お前は俺よりもうんと頭が良い。性格もいいし、頑張り屋だ。なのに誰もそれを評価しないんだ。おかしいだろ、そんなの』
ゲンドウはヒサトを大事に思っているため、今の状況を理解できず怒りが収まらないままだった。実力を重んじる家柄の所為か、他のことが秀でても評価されないこの風潮に嫌気がさし、ゲンドウは常に苛立っていた。
『だったら、兄さんがお館様になって変えてよ。僕はそうなると嬉しい。兄さんしか出来ないよ』
ヒサトはそう言って目を細め笑うと、ゲンドウは目を見開いた。
--------------------------------------------
過去を思い出していたゲンドウに、ヒサトは声をかける。
「こうやって刃を合わせるの、久しぶりだね。稽古以来なのかな?兄さん、随分と老けてるけど何年経ったの?」
刃が合わさる音とは真逆で、穏やかな声で問いかけるヒサト。ゲンドウもまた、懐かしむような表情で口を開いた。
ヒサトはいなくなった当時のまま、時が止まっているかのように変化しておらず、それがゲンドウの胸を痛めた。
「お前がいなくなって二千年は経っておる。そりゃあ老けるわけじゃ」
「二千年……!そっかあ。そうなんだ……。そんなに経ったんだね」
ヒサトは切なげに笑うとさらに続ける。
「ねぇ、兄さん」
ヒサトはゲンドウを見つめ笑みを浮かべながら呼んだ。
真っ黒な瞳でも、その柔らかな笑みはヒサトそのもの。
ゲンドウは、その笑みを見て喉が熱くなる感覚をぐっと堪える。
「なんじゃ」
「お館様に、なってくれた?」
ヒサトはそう聞いた後に自分の意思とは反して思い切り刀を振るうと、ゲンドウもそれに合わせ刀を振るい距離を取る。
「ああ。今も現役じゃ」
「……!良かった。そっか、なってくれたんだね兄さん。良かった!」
ヒサトは満面の笑みをうかべる。
「ずっとお前のことを待っていた。お前がお館様になれと言ったからなったというのに、肝心のお前が居ないんじゃ意味がないだろう」
ゲンドウは切なげに、そして涙交じりの声でそう言い放つと同時に、天候が急変し雨が降り始める。
ゲンドウはその雨に乗じて涙を流すと、ヒサトも同じように涙を流した。
「ごめんね兄さん。ごめん。でも良かった。兄さんがお館様になってくれて良かった」
ヒサトはそう言って涙を流しながら満面の笑みを浮かべると、またもや自分の意に反してゲンドウに刀を振るう。
ゲンドウはそれを受け止め、辛そうな表情でヒサトを見つめた。
「戻ってこいヒサト。お前は魂までは死んでいない。ずっと酒呑童子の技で閉じ込められ、黒妖怪にされただけだ。まだ間に合うだろう?」
長い間瘴気に害された者が自力で瘴気を払うことはほぼ不可能。ましてや体が弱く、妖力も劣ったヒサトがそれを出来るとは思えない。それでもゲンドウはこの現実が受け止められず、刃を交えながらもトドメをさすような攻撃はあえてしなかった。
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