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酒呑童子⑥
しおりを挟む「ナツメ?」
ナツメが祈りのポーズをとったことで、それに気付いたアサヒは目を見開く。
「針が。濃い瘴気の針がいっぱい視える、こんなの絶対に避けきれない!」
水滴に宿る禍々しい瘴気。それが針状になってこちらを襲おうとしていることまでは分からなかった三人は一同に目を見開く。
ナツメはその無数の濃い瘴気を吸おうとするが、アサヒは慌ててナツメの方へ駆け寄った。
「ナツメ!無闇に使うなつってんだろォーが!」
アサヒはナツメの手を掴んでそう言い放つと、感覚を研ぎ澄ませ酒呑童子を睨む。
「ごちゃごちゃ何喋っている?」
酒呑童子は宙に浮くと、不吉な笑みを浮かべて腕を前に出し、真っ黒な瞳を光らせて無数の黒針を飛ばした。
アサヒは目を見開きいち早く前に飛び出すと、狐化して空を見上げ太陽を確認する。森の中とは言え、毒霧を掻い潜り陽の光が地面に降り注いでいる状況。
アサヒは「快晴で良かった」と漏らし目を細め呪文を唱えた。
「陽光界口」
アサヒの呪文で、酒呑童子との間に眩い光の壁が出来上がる。陽の光がアサヒの妖力と混ざり合い、繊細な光を放って前方を固めた。
ナツメはそれを見るとその余りにも綺麗な光景に目を輝かせ、眩しくとも目を閉じるのが勿体無いとその光景を焼き付ける。
「(どんどん跳ね返してる!)」
ナツメの視点では、黒針がその光の壁に吸収され濃い瘴気だけがあっという間に酒呑童子の方へ跳ね返されていく。
それどころか、アサヒの眩い妖力に対抗するように瘴気を出していくが、それは自らの体力を削ることでもあった。
「ニンゲンもさながら、クオン以上の力を持つ九尾か……厄介も厄介、憎くて仕方がない」
アサヒの技の眩さに苦痛な表情を浮かべた酒呑童子は、舌打ちをして何歩か下がり日陰の方へと移る。
「すごい……」
ナツメは神々しいその光景に息を飲むと、ゲンドウがナツメに対し笑みを浮かべた。
「あれがアサヒの凄さじゃ。九尾は本来、唯一“月の妖力”を持つ特異的存在。じゃが、アサヒは月だけではなく“太陽の妖力”も持つ。今まで生きてきた中でそんな九尾は見たことがなかった。あやつはクオンよりも末恐ろしい男じゃ」
アサヒが強い存在というのはなんとなく分かっていたナツメだが、具体的な話をされたのは初めてだったため目を丸くする。普段のアサヒを知っている分、こうして戦っている姿を見ると雰囲気がまるで違うため、ナツメはまるで遠い存在かのようにアサヒを眺めて目を細めた。
「そうなんだ、アイツそんなに凄いんだ……」
アサヒは人化に戻ってナツメの方へ駆け寄ると、ムスッとした顔で頬を掴んだ。
「お前、もっと俺を信じろ……。相手の体力を削れば自ずと向こうの瘴気も減ってくる。膿を出すように瘴気を消費させれば良い。お前は最初から全部を吸う必要なんてないんだ」
アサヒはそう言って真剣な表情でナツメを見下ろす。余程ナツメに負担をかけたくないのか、精一杯心配をしている姿にナツメは少し反省したように頷いた。
「ごめん……またぶっ倒れたら、みんなにも心配かけちゃうもんな。気をつける」
ナツメは小さく笑って素直に謝ったため、アサヒが拍子抜けした顔になりポンポンと優しく頭を撫でる。
「頼むから、無理だけはすんな」
アサヒはそう言って酒呑童子の方へ向き直ると、爪を伸ばし目を光らせた。
「あーあ。嫌だねぇー。確かあの時も、クオンはサクナを気にしてばっかりだったよ。何、お前らもデキてんの?狐の馬鹿みたいな性欲受け止めちゃってんの?」
酒呑童子はニヤァッと不気味な笑みを浮かべナツメを見下ろす。
「酒呑童子、下品な言葉でナツメを汚さないでもらえる」
カゲロウは怒りを含んだ笑みを浮かべて刀を構える。
酒呑童子は鼻で笑い、ドロドロとした黒い液体を目から流しながら口を開く。
「蠱毒水水」
黒い液体はぼたぼたと地面に落ち、やがて渦巻き中から様々な禍々しい妖怪が生まれる。
「これ、俺の趣味ぃ。捕まえた妖怪を長い間瘴気に浸からせて作った俺の手下だ。封印される前から漬けておいた年代物だぜ?たんと味わえよ」
そうして生まれ出た妖怪の姿に、ゲンドウは思わず目を見開く。
「まさか」
あの日、酒呑童子との戦いで負傷者が多く出たのは確かだった。しかしゲンドウは、その戦い以前に自分の弟“ヒサト”の行方が分からなくなっており、結局弟が見つかることは無かった。
黒い犬耳、そして肩まである黒髪。ヒサトは元々右目に十字傷を負っており、その特徴までが一致していた。
「ヒサトなのか」
ゲンドウは酒呑童子から生まれた黒妖怪に対し声をかける。すると、禍々しい瘴気を纏いながら目を開いた男は、ゲンドウを見て目を見開いた。
「兄さん」
ヒサトは切なげにゲンドウの問いかけに応えると、一同は衝撃を受けた表情を浮かべた。
「お館様の弟が……黒妖怪に」
カゲロウは表情を歪ませ柄を握る力を強める。
「あれ?なに、コイツお前の弟だったのかゲンドウ。それはすまない、全く知らなかっ」
酒呑童子は悪びれる様子もなくそう言い放つと、その途中でゲンドウが恐ろしい速さで酒呑童子のところまで飛び、思い切り縦に刀を振るう。酒呑童子は慌ててそれを避けると、笑いながらヒサトに目を向けた。
ヒサトはそれに反応し酒呑童子を庇うように間に入ると、抜刀しゲンドウに立ち塞がる。
「ヒサト、お前……」
ゲンドウは実の弟と対峙することに抵抗感を拭えず目を見開いた。
「ごめん、兄さん……逆らえないんだ。もうこの体は元に戻らない。殺してくれ、兄さん」
ヒサトは真っ黒に染まった瞳から涙を流し、悔しそうにそう言い放つと力一杯にゲンドウを振り払った。自我はあるが、黒妖怪になったことで瘴気の持ち主である酒呑童子の意志に逆らえず、不本意ながらもゲンドウを攻撃せざるを得ない。
ゲンドウは地面に着地すると、一度目を閉じてから意を決したように開眼しヒサトを見上げた。
「カゲロウ、アサヒ。弟はワシが請け負う。酒呑童子は頼んだ」
「お館様……分かりました」
カゲロウはゲンドウの意を汲み酒呑童子を恨めしそうに見上げ歯を食いしばる。
アサヒはナツメの前に立ち眉を顰めながら酒呑童子を見上げると、何も言わずに酒呑童子の方へ飛び掛かっていった。
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