星流国の狐族〜池に落ちたら、妖怪しかいない異世界にワープした!?〜

みるくくらうん

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夜帳屋敷の長④

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 漆黒の髪と黒の犬耳を生やした青年らしき人物が、何食わぬ顔でグーにした手を掲げる。袖からチラッとのぞく腕には、赤い刺青が見えていた。


「ふむ。こりゃワシの負けか?」


 その人物は尻尾をゆっくり振りながら、真顔で首を傾げる。アサヒは口を開けてポカンとした様子で驚き、カゲロウは一瞬目を丸くした後、深い溜息を吐いてからやれやれと口を開いた。


「お館様、何故ここに……。気配を全く感じませんでしたが」

「え」


 カゲロウがそう言うとナツメは目を見開きゲンドウを指差す。カゲロウがお館様と呼ぶ方は、ツクヨミの祖父にあたる夜帳屋敷の長・ゲンドウだったのだ。


「え?えぇ!?このひとが姫様が言ってた“じいや”!?じいやって見た目じゃないじゃん!なんかもっと白髪まみれでさ、こう、なんというか、けっこーヨボヨボなの想像してたんだけど!!??」

「ナツメ、失礼だぞオメーは」


 アサヒはベシッとナツメの頭を叩き、立ち上がってゲンドウに頭を下げる。


「お久しぶりです、ゲンドウ様」

「おぉアサヒ。見ないうちに随分とでかくなったな。それより、今じゃお前は領地の長。老いぼれに簡単に頭を下げるでない」


 ゲンドウはそう言うと僅かに口角を上げ、カゲロウの横に座ってお品書きを眺め始めた。


「(えー……どこが老いぼれなんだよ。姫様のお兄ちゃんとかじゃねーの!?妖怪って年とんねぇの!?)」


 ナツメは疑わしいと言いたげな表情でアサヒに叩かれた箇所を自分で撫でる。


「お館様。何故こんなところに?」


 カゲロウの問いかけに、ゲンドウは目を細めわずかに微笑む。


「なあーに。朝まで酒を飲んでたからの。ふと蕎麦を食べたくなっただけじゃ。列に並んでいたのだが、偶然お前達を見つけたから、どうせなら一緒に食そうかと思ってこっそりと後をつけたんじゃい。驚かせようと思ったのも事実じゃがの!
 ほれ、じゃんけん、とやらでワシが負けたのだから、全員分奢ってやろう」


 ゲンドウがそう言うと、呼び鈴を鳴らし始めた。


「(めっちゃマイペース……ていうかオレ、まだメニュー決まってないのに~!)」


 なんだかんだで注文を終え食事を始める一同。
 ナツメは月見蕎麦を美味しそうに啜り、アサヒはきつね蕎麦をかきこむ。


「やっぱ狐ってきつねそばたべるんだ」


 ナツメは甘く煮た油揚げを食べるアサヒを見て笑みを浮かべる。


「あ?あぁ。そーだな……結局これが一番うめーぞ。でも、なんできつね蕎麦って名前なんだろうな。別に誰でも食うのに」


 アサヒは首を傾げた後ずるずると蕎麦を啜る。


「(アサヒの箸の持ち方、随分と綺麗だな。こりゃまるで……)」


 アサヒの箸の持ち方を見たゲンドウは静かに微笑んだ後、小さく口を開く。


「その油揚げという食べ物は、大昔にいた最強の巫女・サクナが考案した食べ物じゃ。恋仲じゃった九尾のクオンが偏食でな、美味しいと思ってもらえるように色々作ったうちのひとつじゃて。そしたらそのうち、クオンだけでなく他の狐達も大層気に入りおったんじゃ」


 ゲンドウはまるでのその場に立ち会ったかのように語ると、ナツメは感心したように口を開く。


「そうなんだ……サクナがクオンのためにかー。っていうかゲンドウさんって、サクナの事知ってるの?」

「当たり前じゃ。ワシが若い時は、まだニンゲンがこの国に存在していた。その頃のクオンはまだ若造でな、”流浪の九尾“と言われてた時代よ」


 ゲンドウはそう言って蕎麦を啜るも、ナツメは呆然とした表情を浮かべる。


「え、えぇー?(ゲンドウって何歳?だって九尾隊の最年長のエンジュでさえそんな世界経験してないのに!!)」


 混乱するナツメをよそに、カゲロウは苦笑する。


「お館様、またそんな昔話を……ほらナツメ、蕎麦のびちゃうから食べて」


 カゲロウが優しくナツメにそう言うと、ナツメはハッとした表情を浮かべて頷いた。


「う、うん!ごめんオレ、めちゃくちゃ驚いちゃった……あはは」

「ナツメとやら。ツクヨミから伝言は預かっておるが……なるほどこれは、サクナと似た匂いが」


 ゲンドウが感心したようにそう言いかけた時、アサヒは大きな咳払いをする。


「ゲンドウ様。その話は後程で」

「おぉ、すまぬすまぬ」


 そのやり取りを聞いていたカゲロウは、目を細めナツメを眺めた。


「(なるほど……もしかしてナツメは)」


 肉うどんを啜るカゲロウは、まるで夢物語を聞いているかのような顔でナツメを見る。ナツメはその視線に気付くと、首を傾げて少し笑った。
 カゲロウもつられて笑うと、海老天をナツメに差し出す。


「これあげる」

「え!いいの?」


 ナツメは目を輝かせ器を差し出すと、カゲロウはそこに海老天を乗せて笑みを浮かべた。


「海老天蕎麦かそれで迷ってたよね?ここの海老天美味しいよ。僕はいつでも食べられるし、食べてよ」

「ありがとう!えへへ」


 ナツメが嬉しそうに海老天を頬張る姿を見たアサヒは、恨めしそうにカゲロウを見てから、空になったきつねそばの器を見下ろす。


「アサヒは食べるの早いな~、ひと口ぐらいナツメにあげれば良かったのに~」


 カゲロウはニヤニヤと笑いながら嫌味っぽくそう言うと、アサヒは顔を引き攣らせる。


「う、うるせぇな。欲しいっつーならあげてたっての」

「海老うめー!」


 二人の会話をよそに、ナツメは海老を頬張り、海老の尻尾を残して完食する。汁も全て飲むと、満足そうに息を吐いた。


「ふぅー、お腹いっぱい」


 アサヒはナツメが残した海老の尻尾を見ると指をさす。


「食わねえのかそれ」

「え?うん」

「……」


 アサヒは無言でそれを手で掴むとパクッと頬張る。

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