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黒狼隊闊歩①
しおりを挟むツクヨミが目を覚ました数時間後。
緊急の会合と称して集められた黒狼隊は、不安げな表情を浮かべた。下っ端の隊員は、ツクヨミが床に伏せているという事すら分かっていない者も多く、噂ばかりが蔓延り、中にはツクヨミが死んだ、失踪したなどと誤解する者もいた。
「姐さんが死にそうって本当?」
「馬鹿言うなよ、姫様が死ぬわけないだろ」
「もう何週間も姿を見てないぞ」
「猫又とやり合ってだいぶ消耗したらしいな」
「この会合ってもしかして、次の首領を決める会議か?」
「今日は大事な日だって言うのに……」
ツクヨミの不在が続く中の会合に、隊員達は不安を溢す。
「おいゴラ貴様らァ!」
その中で、怒声を放つヨル。
その瞬間、隊員は目を見開き姿勢を正した。
「会合だっつってんのにボソボソと喋りやがって。そんでぇ?なんだ?姫様が死にそうとかなんとか言ってる奴がいたが」
ヨルは瞳を小さくし怒りの表情を浮かべる。
「本気でそう思ってんなら、黒狼隊辞めちまえよ馬鹿野郎がァ!!」
牙を見せこめかみに血管を浮き上がらせながら恐ろしい笑みを浮かべるヨルに、一同は息を飲んだ。
「やめろヨル。怖がってるだろ。その辺にしときなよ」
カゲロウは普段と変わらない穏やかな様子でそう言うと、隊員一同はほっとした表情を浮かべる。その雰囲気に飲まれてか、とある隊員は手を上げて恐る恐る発言した。
「しかし……もう何週間も姐さんの姿を見てません。普段は頻繁に街に出入りして麻雀やら賭けをしているのに、それも無いんですよ?隊員達が不安になるには仕方ないかと……」
カゲロウは隊員の言葉に納得したように苦笑し、ふぅ、と息を吐き眉を下げた。
「それは確かにそうだね。僕達四天王の力不足で、街でも変な噂が広まったのは確かだ。僕とヨルは闇夜の地にいないことも多かったからね。
正直に言うと、姫様は猫又と対戦した後床に伏せていた。君達も分かると思うけど、瘴気は妖怪にとって毒そのもの。姫様は僕達を庇って瘴気に飲まれることを承知で戦ったんだ。そして勝った」
カゲロウはスゥッと小さく笑みを浮かべると、隊員達を真っ直ぐに見る。
「それで。そんな姫様に対して、君達が返すのは“くだらない噂話を広める”ことなのか?」
笑みを浮かべるカゲロウだが、その目は笑っておらず、隊員一同は冷や汗をかきガクガクと震えた。
「隊員がこんなことじゃ、舐められて当然だろう。街で喧嘩売られたからなんだってんだ。それは姫様の所為じゃない」
カゲロウは真顔になる。
「君達が弱そうにしてるからだよ」
隊員達はハッとした表情になる。所詮自分達はツクヨミの強さを借りて威勢を張っていただけの弱い存在だと。それと同時に、不甲斐なさを感じ視線を落とす者が多かった。
「……アンタ達。普段ボケーっとしてるカゲロウにここまで言わせて恥ずかしくない訳?黒狼隊の一員ならもっとちゃんとできるべさ」
真っ白な狼の耳と尻尾が特徴の黒狼隊・四天王“カリン”が眉を顰め大きな溜息を吐いた。
「(何気に失礼だな)」
ヨルは内心カリンに対して苦笑する。
「まあまあ落ち着こーよ。外で喧嘩したとしても、勝ってくれりゃ万々歳だし、負けたってまたやり返しにいきゃぁいい。お前らの偉いところは、売られた喧嘩は絶対に買うところだ。いい根性してるぜ兄弟達」
筋肉質な体が特徴的な黒狼隊・四天王“アスカ”は、屈託の無い笑みを浮かべて話をまとめた。兄貴肌のアスカは、喧嘩っ早い直情型のヨルや、普段何を考えているか分からないが怒ると一番怖いカゲロウに比べると話しやすいタイプでもある。優しく頼り甲斐があり、人望が厚く、さらに四天王の中でも一番年上なため、隊を纏めている存在でもあった。
アスカの言葉に他の四天王は平常を取り戻し、顔を見合わせニッと笑う。
「お前ら、今日の会合は何のためか分かるか」
アスカは笑みを浮かべて隊員達に問いかける。
「今日は黒狼隊を結成した日です!」
隊員が大きな声で答えると、四天王は笑みを浮かべる。
「と、言うことは何をする日だァ?」
「!」
ヨルの問いかけに隊員達は目を見合わせ目を見開く。
「……黒狼隊闊歩っス!」
隊員が満面の笑みを浮かべて答えると、カゲロウは微笑む。
「そ。そんじゃあこんなとこでグダグダしてないで、街に行こうか」
黒狼隊闊歩とは、ツクヨミを主導とし街を隊員全員で街を練り歩くというイベントで、毎年黒狼隊が結成された日に行われる。
他の隊への牽制や、自分達の隊が如何に強大かを示す大事なイベントでもある黒狼隊闊歩に対し、それを見物する客は黒狼隊の美しい刺青や、豪奢な装いをしたツクヨミの見惚れるようなミステリアスな美しさを楽しみにしていた。
カゲロウは大広間の扉を開ける。
「で、でも!姐さんがいないのにやるんですか!?姐さん不在の闊歩なんて、姐さんが弱ってるって言いふらしてるようなモン……」
隊員がそう言いかけると、明らかに驚いた表情に変わる。
カゲロウが開いた扉の先は、一年中咲き誇る万年桜が名物の大きな中庭が見え、その中心には美しく着飾ったツクヨミがいたからだ。
「誰が弱ってるんじゃ?」
ツクヨミは真っ赤な紅を弾きながら目を細め笑う。
隊員達は興奮と驚きで言葉を失っていたが、やがて歓声を上げた。
「姐さんだ!」
「姫様ー!!!!」
「うぉぉぉぉー!!!!」
隊員達が喜ぶ中、カリンは安心した表情を浮かべてからヨルとカゲロウを見て口を開く。
「ねえ。いきなり姐さんがあんなに元気になるなんて、一体なにしたのさ」
「そ、それはな……」
嘘が下手なヨルは、頬を掻いてカゲロウを見る。
「ごめんねカリンちゃん。あまり詳細は言えないんだ。それが条件だったから」
カゲロウは申し訳なさそうに眉を下げる。
ナツメの特殊な力は凄いことでもあるが、同時にその力を欲し戦いをしかける妖怪も出てくるかもしれない。アサヒはナツメを守るために秘密を守るよう言っているのはカゲロウもヨルも理解していた。
ナツメが何者なのかは明かされないまま、それ以上は詮索しないようにも言われている。
カゲロウは困ったようにカリンを見下ろすと、カリンは大きく溜息を吐いてから諦めたように笑った。
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