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猫又の思惑③
しおりを挟む「実はあまり覚えていないにゃいんだが……祠の異変に気付いて近寄ったのだけは覚えているにゃん。その後はツクヨミに戦闘不能にされてこのザマだにゃん」
猫又はナツメの膝の上に寝転がりながら説明する。
「祠?“星の祠”の事か?」
ヨルの問いかけに猫又は欠伸をしてから頷く。
「そうだにゃん。狐の、お前のところにもあるだろう?たしか翡翠山に“月の祠”が」
猫又は片目を開けてアサヒを見て問いかける。
「ああ。……瘴気は祠が関係あるのか?」
アサヒは猫又の尻尾を掴んで問いかけるが、猫又は尻尾をするりと逃すとベシッとアサヒの頬を叩いたため、アサヒはぶすっとした表情になる。
「わからないにゃ。そもそも我は各地を転々とする流浪の大妖怪猫又様!各土地の祠の事情など分からぬが、我が禍々しい瘴気に乗っ取られたのは星の祠の所為と言っても過言ではないにゃ。
だが!乗っ取られてからは、我も瘴気と闘っていたのだにゃん」
カゲロウは顎に手を当てて「なるほど」と呟く。
「つまり、猫又を完全に乗っ取ることが出来ないと悟った瘴気が、姫様を新しい器にしようとして失敗し今度は僕を乗っ取ろうとしていたって事ね」
「うむ。それが正しいだろうにゃん。まったく、この瘴気の思惑には迷惑させられたにゃん」
猫又は眠そうな表情を浮かべナツメの膝の上で目を瞑る。
「眠い?」
ナツメは猫又を毛並みに沿って撫でながら問いかけると、猫又は再び欠伸をする。
「うむ……完全に復活するには数ヶ月かかりそうなくらい消耗してるにゃん……とりあえずナツメ、お前には感謝だにゃ……ん」
猫又は最後の力を振り絞ってナツメにお礼を言うと、そのまま鼻ちょうちんを作り爆睡し始めた。
「あ、寝た」
ナツメはそっと猫又を撫でる。その姿は何かを思い出しているようにも見えたため、アサヒは首を傾げた。
するとそれと同時に襖越しに別の黒狼隊らしき人物が声をかける。
「ヨル様、ツクヨミ様。姐さんが目を覚ましました」
扉の向こうの声に、ナツメは苦笑する。
「姐さんってツクヨミのこと?」
「そうだよ。姫様は元々本当に良いところのお姫様でね。僕たち二人は姫様の護衛として付き合いが長いんだ。でもその過程を知らない隊員はみんな“姐さん”って呼ぶ」
「へぇー……(姐さんって余計ヤクザっぽいな。でもなんかしっくりくる)」
ナツメはそんなことを思いながら眉を顰めた。
「いくぞカゲロウ」
ヨルは立ち上がりカゲロウを促すと、カゲロウもゆっくりと立ち上がった。
「うん。二人とも、僕等は一旦姫様の方へ向かうからゆっくりしててもらえる?後でまた」
「ああ」
ナツメとアサヒは二人の背中を見送ると、アサヒはじっとナツメの方を見る。
「ん?なに?」
まじまじと見てくるアサヒに、ナツメは不可解な表情を浮かべる。その間も猫又を優しく撫でていたため、アサヒは面白くなさそうに口と開いた。
「猫が好きなのか、お前」
「ん?あぁ、まあ……死んだじーちゃんが飼ってたからさ」
ナツメは再び懐かしそうな表情をして切なげに目を細める。
「……元の世界で、か」
「うん。“ツナヨシ”っていう名前の猫でさ。元々野良猫だったのを、じーちゃんが飼い始めて。オレにも懐いててさ!ツナって呼ぶと寄ってきてくれた。
猫又はなんかちょっとツナに似てる」
ナツメは猫又を優しく撫でて微笑んだ。
「そのツナっつーのは……」
何となく顛末を予想していたアサヒだが、ナツメにそっと問いかける。
「じーちゃんが死んで結構すぐに、追いかけるように死んじゃったよ。結構年だったしな」
悲しげに笑うナツメにアサヒは何も言えずにいたが、少しの間の後、ナツメの頭をポンっと撫でる。
「こっちの世界の奴らは簡単にくたばらねぇよ」
「え……」
ナツメはアサヒの大きな手で撫でられながら、パッとアサヒを見た。
「お前はこの世界じゃ独りになることはこの先ねぇよってことだ。どいつもこいつも長生きだからな」
アサヒはそう言ってナツメの鼻をちょんっと突くと、少し笑みを見せる。普段は意識してなかったが、アサヒは普段周囲に愛想を振る舞うことをしないが、自分に対して良くこんな風に笑みを見せてくれることがある。
そして、口が悪いくせにたまに優しい言葉をくれるため、ナツメは胸の高鳴りが収まらず顔を赤らめた。
「っ……(なんか、泣きそ。オレ涙腺よわ)」
ナツメは喉の奥が熱くなる感覚を覚え、思わずアサヒから目を逸らした。
「急に変なこというなよなっ!」
アサヒの温かい言葉に触れたナツメは、溢れそうな涙をグッと堪えて舌を出し、泣きそうなのを誤魔化すようにそう言い放つ。
「何だお前。せっかく慰めてやってんのに」
アサヒはナツメの額をピンっと指で弾いて眉を顰めたが、ナツメの瞳が潤んでいる事に気付き、泣きそうなのを察し再びナツメの頭を優しく撫でる。
「ずっとそばに居てやる」
「っ……」
ナツメは堪えきれずぽろっと大粒の涙を流したため、思わず顔を逸らし声を殺して肩を震わせた。
「だからっ、急にそういうの、やめろってば……!」
「泣いてんのか」
アサヒはからかうようにニヤつきながらナツメの肩に触れる。
「るせっ……」
「こっち向け」
「やだ」
「もうバレてんだよ」
「それでもやだっ」
「いいから」
「しつけーなあもう!」
押し問答に耐えかねたナツメは、パッとアサヒの方へ顔を向けると、その瞬間口付けをされ目を見開く。
少しの間口付けをした二人。アサヒは狼狽えるナツメから唇をゆっくり離すと悪戯な笑みを浮かべた。
「ばーか」
アサヒはそう言ってナツメの鼻をちょんちょんと撫でて可笑しそうに笑う。
「っ~!!おまえなー!こんなとこでっ、もー!」
ナツメは顔を真っ赤にしてアサヒの体を左手でバシバシと叩くも、アサヒはその手を簡単に掴んで鼻で笑う。
「(なんじゃあこやつら……我が寝ていると言うのに痴話喧嘩を……むにゃむにゃ)」
猫又は少し目を覚まし耳をピクピクさせながら二人のやりとりを聞き、再び爆睡するのであった。
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