星流国の狐族〜池に落ちたら、妖怪しかいない異世界にワープした!?〜

みるくくらうん

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猫又の思惑①

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「姫様、寝ていなくて大丈夫ですか!?」


 ヨミは毅然とした態度で自分達を出迎えたツクヨミに対し、心配そうにそう声をかける。


「なに、問題ない。体は怠いが、こうしているだけなら辛くはない」


 ツクヨミは笑い声を上げながらそう返した。
 ハスキーボイスが印象的だが、その声色は柔らかい。


「あっ」


 ナツメは、ツクヨミの黒い影が動くのを確認する。
 狼族であるツクヨミだが、もう一つ猫らしき小さな耳がちょこんと生えている。それは瘴気で形成されているためナツメにしか見えなかった。
 そして、体からは黒い瘴気が絶えず溢れ出ている。


「やっぱり、瘴気だ!猫の耳が見える」


 ナツメはツクヨミを指差す。


「!?」


 ツクヨミを始めとし、ヨルとカゲロウは目を見開き驚きを示した。


「何故分かるナツメとやら。まるで瘴気がその目で見えるようだな……」


 ツクヨミは目を見開き首を傾げる。


「うん。でもダイダラボッチほどじゃない。なんか弱ってる瘴気なのかな……あ、尻尾もある」


 ナツメはじーっとツクヨミの全体を睨みながら考え込んだ。狼狽える狼サイドに、アサヒは口を開く。


「ツクヨミ様。コイツは見ての通り弱い妖怪ですが、諸々で九尾隊の上位にいます。しかし本件、決して漏らさぬよう……」


 ツクヨミは「なるほどな」と一言呟くと笑みを浮かべる。


「あいわかった。秘密は守るにゃん」

「……」


 沈黙する一同に、ツクヨミは咳払いをした。


「猫又のせいなのか、時々語尾がおかしくなる。忘れよ」


 ツクヨミの照れが含まれた声色。
 アサヒはどんな顔をしたら良いか分からず、とりあえず咳払いをして真顔で話を始めた。


「猫又についてはこちらでも調べたのですが、元々は悪さをするような妖怪ではないです。おそらく何らかの方法で瘴気に侵されて変異し、黒狼隊を襲ったとしか思えない」

「やはりそうか。猫又ほどの妖怪がなぜそんなことになるのか妾も疑問だったのだ。原因はわからぬが、誰かが影で糸を引いているとしか思えぬ。翠緑のダイダラボッチも然りな」


 ツクヨミはそう言って考え込むような表情を浮かべる。しかし、真面目な話に飽きたのか、コロッと表情を変えてアサヒを見た。


「……して、全然関係ないが、お前ら魂の色が同じよの?かなり珍しいことだ」


 目を光らせるツクヨミ。特殊能力の一つなのか、ツクヨミは魂の色が分かる力を持っているようだった。


「えっ、魂の色が見えるの?」


 ナツメがツクヨミにそう問いかけると、アサヒはパシっとナツメの頭を叩く。


「お前さっきから……!あのな、他の隊の首領にぐらい敬語を使え!出発する前に釘刺しただろうが!」

「いってーな!叩くなよバーカ!忘れてたの!」

「馬鹿はお前だ馬鹿!」

「はいはい次から気をつけるってうるせーなあ」

「テメェ……」


 喧嘩を始める二人に、やがてツクヨミは大声で笑い出す。


「……」


 ピタッと喧嘩を止める二人。


「アサヒ。良いぞ、構わん。ナツメは少し浮世離れしておるのは分かったからな。それに、あの堅物なアサヒが素を出して怒っているのを見るのも面白い」

「からかわないでくださいよツクヨミ様」


 アサヒは眉を顰め複雑そうな表情をする。


「……魂の色が同じと言うことは、もうそれは誰も介入出来ないほど繋がりが深いということだ。見たところ、ナツメは不思議な魅力もあるし、他の奴が放っておかないかもしれぬ。大事にするんだぞアサヒ」


 全てを見透かしたような目でアサヒを見るツクヨミ。その口元はニヤついており、関係性に気付かれたと察したアサヒは眉を顰める。


「俺って魅力あるの?」


 ナツメはツクヨミに首を傾げながら問いかける。


「なんとなく不思議な感じがするのー。雰囲気と、甘い匂いじゃ。妖怪が好む匂いが常にする。悪い妖怪に食べられないように気をつけるのだぞ」

「えっ……食われっ……(そう言えばアサヒも甘い匂いって言ってた)」


 ナツメはサーッと青ざめる。どうやら食事として食べられると思っているナツメに、アサヒは溜息を吐いた。


「おい。そーいう意味じゃねーよ。ツクヨミ様は悪い妖怪に犯されないように気をつけろと言ってんだ」

「へ!?(俺ってそんな匂い出してんのー!?)」


 ナツメはかぁーっと顔を赤くしアサヒを見上げる。


「ま、お前みたいな可愛くねー奴誰も相手にしねーから安心しろ」


 アサヒは馬鹿にしたようにナツメにそう言い放つと、ナツメはアサヒの耳を引っ張り喧嘩を始める。ツクヨミはまたもや大笑いをしてその様子を眺めていた。


「……」


 カゲロウはちらっとナツメとアサヒを見て唇を尖らせる。


「(アサヒとナツメはもう深い仲なのか。やたらとナツメからアサヒの匂いがするとは思ってたけど)」


 カゲロウは不貞腐れたような表情を浮かべる。


「ゲホッ!!!ゲホッゲホッ」


 ツクヨミは途端に激しく咳をし出したため、一同は慌ててツクヨミの方へ駆け寄った。


「「姫様!!!!」」


 ヨミはツクヨミの体を支え、カゲロウはツクヨミの手を取る。


「ケホッ……毎日この程度の咳は出る。心配かけてすまぬッ……ゲホッ!」


 ツクヨミは気丈に振る舞い笑みを浮かべるも、ヨルは焦った表情でナツメを見た。


「おいナツメ。頼む、救ってくれ」


 ヨルはナツメに詰め寄るよってそう頼むと、ナツメはコクリと頷き笑みを見せた。


「うん。やってみるから、みんな下がって」


 ナツメは周囲にそう指示すると、アサヒ以外は部屋の隅に待機する。


「アサヒ、お前も離れて」

「……やだ」


 アサヒは納得いかない様子でナツメを見た。


「大丈夫だから。ったく心配性だなー、何かあってお前に取り憑いたらどーすんの?ほら、離れろー」


 ナツメはグイーッとアサヒを押す。


「……危なかったら止めるからな」


 アサヒは渋々その場を離れ、ナツメはそれを確認すると横たわるツクヨミの額に触れた。


「世話をかけるな」


 ツクヨミは息を荒げそう伝えると、ナツメはニコッと笑って「大丈夫だよ」と伝える。そして真面目な表情になり目を閉じた。
 ナツメの腕輪が淡く光ると、体もふわりと光りを帯びる。


「出てこい猫又!見えてるんだぞ!」


 ナツメがそう問いかけると、ツクヨミは目を見開く。


「にゃー!にゃにをするー!!!」


 猫又の意志が介在するツクヨミはジタバタと暴れるが、ナツメはそれを抑えつけ、ツクヨミの体内に留まっていた瘴気をどんどんと吸い取っていくと、やがて猫型の黒妖怪が慌ててツクヨミから飛び出した。


「にゃーん!!!」

「わっ!?」


 小さな黒い猫は、ナツメの頭に乗り周囲を確認すると、真っ先にカゲロウの方へと走っていく。


「待て猫又ー!」


 ナツメはそれを追いかけるが、素早い猫に追いつくはずもない。


ツクヨミあの器は合わないにゃん!全然乗っ取れないにゃん!でもこうして新たな器に移れる力は溜まったにゃん!お前が一番いいにゃーん!!」


 猫又はどうやら取り憑く器を探していたらしく、目星を付けていたカゲロウに向かって全速力で走り出した。


「狙いはカゲロウだったのか!」


 ナツメは眉を顰める。


「こっちに来やがった!殺るぞ!」

「今度こそ滅してやる」


 ヨルとカゲロウは狼化しようと牙を剥き出しにするが、ナツメは慌てて大声をあげる。


「まって!ダイダラボッチと違って、意志がはっきりしてる……!あの猫又、間に合うかも!アサヒ!!!」


 気を失ったツクヨミの横でそう叫ぶナツメに、アサヒは咄嗟に判断してサッカーのように猫又を蹴りナツメの方へとパスをした。


「受け取れナツメ!」

「ぎにゃー!!!なんだこのクソ狐ー!!!」


 猫又は激しく回転しながら悪態を吐きナツメの方へと飛んでいき、ナツメはそれをキャッチすると強く抱きしめた。


「間に合え!」


 真っ黒に染まった猫は、ナツメの腕の中に収まると徐々に瘴気を奪われていく。
 ツクヨミから取り込んだ瘴気よりも濃い、妖怪でも視認できる瘴気がナツメの中にどんどんと入り込んでいき、猫又の色はどんどんと白くなっていった。
 その様子を見たヨルとカゲロウは、驚きのあまり目を見開く。

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