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闇夜の地・黒狼御殿①
しおりを挟む「アサヒー、オレさぁ」
黒狼御殿に向かう途中、狐化したアサヒの背に乗るナツメは唐突に話を始めた。
「なんだ」
「緑王街に行った時に、めちゃくちゃ活気があって、みんな楽しそうにしてるの見てたら、ダイダラボッチが消えて本当に良かったと思ったんだー」
「……」
黒妖怪・ダイダラボッチを滅することが出来なかったら、翠緑の地はどうなっていたか分からない。それはアサヒが一番に分かっていたことだった。
「ヨルとカゲロウも、きっとあの時のアサヒとか、九尾隊のみんなと同じ気持ちなんだよな。みんなが安心して暮らせるために、ツクヨミを救いたいんだよな!?」
「……あぁ。闇夜の地はツクヨミ様が治める前は混沌の地と呼ばれる程荒れていた。荒くれ者の妖怪が殺し合っているような無秩序な土地で、ツクヨミ様は圧倒的な力と統率力、そして弱きを守るその精神を根付かせ、弱肉強食という悪習を断たせたすごいお方だ」
「へーそうなんだ、ツクヨミすげーなぁ!」
最初から安寧の地であった翠緑で上に立ったアサヒは、闇夜の地にて一から秩序を創り上げたツクヨミを心底尊敬している様子で語る。
ナツメは目を見開き、驚きの表情で話を聞いていた。
「あの土地でツクヨミ様を失うのは、土地が死んだも同じだ。ツクヨミの跡を継げるような奴はまだいないんだ」
「そっか。なおさら助けないとな!」
ナツメはニカッと笑みを浮かべ明るい声色で言うと、アサヒは少し間を置いて口を開く。
「……だが俺はお前も大事だ。無理はするな」
「お前がいるから大丈夫」
ナツメはアサヒの美しい毛並みに顔を埋めると、大きく深呼吸繰り返す。
「何してんだ?」
「狐吸い」
「は?」
「俺の世界で、猫にすーはーするのがあったの。猫吸いって言うんだけど」
「……なんの意味があるんだそれ」
「愛情表現?落ち着くし」
「…………」
愛情表現という言葉に嬉しくなったアサヒは、何も言わずナツメの好きなようにさせる。
しばらくすると、何か思いついたナツメは顔を上げて笑みを浮かべた。
「今度お腹でやらせて」
ナツメの提案に、アサヒは困ったように目を細める。
「いや、腹を見せるとか不恰好すぎだろ」
「あははっ!ちょっと面白い」
「絶対やらねぇからな」
「三つ子ならちょうど良いサイズかも」
子供の狐ならまぁいいか、とアサヒは内心思うのであった。
-----------------------------
「着いたぞ」
アサヒは空から降下し、夜闇の地の入り口に降り立つと人型になりナツメをキャッチする。
すでにそこにはヨルとカゲロウが待ち構えていた。
狼族は空は飛べない代わりに、地上での移動速度はかなり早い。
「案外遅かったじゃねーか」
ヨルは笑いながらアサヒに声をかける。
「加速しすぎるとコイツを落としちまう」
アサヒはナツメを優しく地面に着地させながらそう言うと、カゲロウは首を傾げた。
「なんでナツメは狐化しないの?」
「え?えーと」
ナツメは困ったように狼狽えていると、アサヒは真顔のまま口を開く。
「言ったろ。コイツは基本雑魚だから狐化してもろくに飛べねぇんだ。走らせても遅ェ」
「ふーん。まあいいや、行こうぜ」
「こっから先はちょいと危険だよ。特に今はね」
アサヒの言葉になんとなく納得した二人は、特に疑うことなく歩き始めた。
ツクヨミが床に伏しているという噂が立ち始め、雰囲気が悪くなっていることを察したアサヒは、ナツメに危害が及ばぬようピッタリとくっついて歩く。
「ナツメは闇夜は初めて?」
カゲロウの問いかけに、ナツメはコクリと頷く。
「うん」
「だよねー。普通は余所者はあまり近寄らないから。ここは長い木が多くて、昼間でも空を覆っちゃうから闇夜の地って言われてるんだ」
「へー、確かに木漏れ日がほとんど無い。暗い」
空を飛んでいた時はあんなに晴れた空だったのに、闇夜の地に入ると薄暗くなった。
「暗いからって転ぶんじゃねーぞ。気をつけろ」
アサヒがそう声をかけると、ナツメはギュッとアサヒの隊服を掴んで頷く。
「転ぶわけねーじゃん」
行動と言葉が噛み合っていないため、アサヒは鼻で笑った。
「しっかり掴んでろ。なんだったらおぶってやろうか」
「子供扱いすんなよ」
そんなやり取りをしていると、今度は開けた土地に出た四人。
「闇夜の地・月影街だ」
大きな木々に囲まれた街。
狼族が多いが、猫族や黒い羽を持つ妖怪などもおり、ナツメはその雰囲気に目を見開く。
それもそのはず、街ゆく妖怪達を見ると格好や雰囲気がどう考えてもヤクザのような者達ばかりだったからだ。
「えぇ!?入れ墨のやつばっかじゃん!怖い!
ここ極道の地なの!?てか妖怪でも極道とかあんの!?」
狼狽えるナツメに、三人は首を傾げる。
「ごくどー?なんだそれ。ここに住んでる奴は半分以上は入れ墨してるぞ。ほら」
ヨルは着物を崩し背中を見せると、そこには黒い狼と桜の入れ墨が現れる。カゲロウも同じように見せると、同じ模様の入れ墨を見せた。
「この土地の者は、属している隊の象徴の入れ墨を掘るのが文化だ。俺とカゲロウが同じ隊だから同じ入れ墨。カッコいいだろ?」
ヨルは背中を指差しそう言うと、ナツメは「確かにキレイ」と言って入れ墨を眺める。
「じゃあ極道じゃないんだー!みんなガラ悪いからそっちかと思った」
「だからごくどーってなんだよ……」
アサヒはそう呟き頭を抱える。
四人はそのまま街を歩いていると、ヨルとカゲロウが有名人だからなのか視線を浴びていた。
「見ろ、黒狼隊だ」
「姫様が大変らしいが、大丈夫なのかね」
しかしながらアサヒもこの国では有名人。銀髪に黄金の瞳と端正な顔立ちで、道を歩くだけで目をハートにさせる妖怪が多かった。
「九尾隊のアサヒ様だ」
「なんでこんなとこに来てんだー?」
口々に噂する者達の中で、とびっきりガラの悪い狼族三人がヨルとカゲロウの前に立ちはがる。
「よー四天王お二人。おたくの姫さんは元気か?」
真ん中に立つ赤い耳を生やした狼族が、挑発するような表情でヨルとカゲロウを見下ろす。
顔は傷だらけで右耳は欠けており、眼帯をしている様子の男。着物はだらんと着崩され上半身がほとんど見えており、ナツメは一瞬顔を引き攣らせる。
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