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翠緑の地・緑王街④
しおりを挟む「(今の不思議な感じはなんだろう)」
狼妖怪はピタッと立ち止まって驚いた表情を浮かべる。動きを封じるような妖術は存在するが、このように唱えただけで魂ごと縛るような強固な技は見たことがないと目を見開いた。
それもいとも簡単にやってみせるナツメに、狼妖怪はただ狼狽えてその場に立ち尽くす。
「体が動かねぇ……!!」
犯人は突如体が固まったように動かないことに驚きを示し、思わず掠れた声でそう言うとナツメは睨んだ。
「あーやべ、魂縛呪使っちゃった」
ナツメは動けなくなった犯人を見て首を傾げる立ち止まり見上げる。無意識に魂縛呪を使ってしまい、気まずそうに「やっちゃった~」と小さく呟いたが、とりあえず犯人が盗んだとされる和柄の袋を取り上げると笑みを浮かべた。
「盗人。これは預かるぜ」
ナツメがそう言った瞬間、遠くから聞き覚えのある声が聞こえたナツメ。
「ナツメ!どこだ!フラフラしてんじゃねーぞ!」
それが自分を呼ぶアサヒの声だと気付いたナツメは、目を見開き慌てて走る。
「うあっ……ごめん狼!オレ呼ばれたから行かなきゃ!あ、これ持ち主に返しといて!あとあの犯人は警察にでも引き渡しておけよ!」
「えっ、ちょっと待って……(ケイサツってなに?)」
突然の別れに戸惑う狼妖怪は、思わずナツメに手を伸ばすと誤ってお面に触れてしまい、その勢いでお面が地面に落ちそうになる。狼妖怪は慌ててそれをキャッチすると、ナツメの顔を見た。
「!」
透き通るような夜明けにも似た藍色の瞳がキラキラと煌めき、狼妖怪は一瞬呼吸を忘れて見入ってしまう。
まさしく一目惚れと言っても良いぐらいに衝撃を受けた狼妖怪は、少し顔を赤らめナツメの顔を見つめた。
「あ、ありがと」
ナツメは慌ててお面を取って付け直しそそくさとその場から去ろうとすると、狼妖怪は慌ててナツメの手を掴む。
「なっ!?」
ナツメは動揺し振り返って目を見開いた。
「惚れた!結婚しよ!」
狼妖怪は、真顔でそう告げて形の良い唇から思いもよらぬ言葉を零しナツメを動揺させた。
「え……は!?何言ってんの?オレ急いでるからじゃあな!」
ナツメは誤魔化すようにそう言って狼妖怪の手を振り解いて慌てて走ると、あっという間に人通りの多い場所へと消えていく。
「まって……せめて名前を……」
残された狼妖怪は、呆然と立ち尽くしてナツメの背中をただ見つめていた。
「おっ!解けた!」
盗人は魂縛呪が解け自由になると、慌ててその場から走り出すが、狼妖怪はそれを逃さないように完全な狼に変化して後を追いかけ、あっという間に盗人を捉えた。
偶然居合わせた和柄の袋の持ち主が、その様子を見て驚きの表情を見せる。
「観念しろ」
狼妖怪は変化を解いて盗人の首を一撃で叩き意識を失わせると、真顔でそう言い放って冷たく見下ろす。
袋を盗まれた張本人の狐の妖怪は、笑みを浮かべて狼妖怪に近寄った。
「あのっ!ありがとうございます」
「いえ」
狼妖怪は、和柄の袋を持ち主に返しその場からいなくなろうとすると、持ち主が慌てて口を開く。
「あのっ!貴方はもしかして黒狼隊の」
狼妖怪はピタッと立ち止まり振り返る。
「はい。“黒狼隊のカゲロウ”です。その盗人は僕が九尾隊の治安部隊に突き出しておきますよ」
九尾隊に治安を維持する部隊があるのか、カゲロウはそう言い放ち盗人を掴んでその場から姿を消した。
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「アサヒ」
声を聞いて慌てて駆けつけたナツメは、後ろからアサヒの袖を引っ張りながら声をかけた。アサヒはナツメを見下ろすと、頬を引っ張って苛ついた表情を浮かべる。
「てめぇ、言ってるそばから消えるなんてどういった了見だ。心配かけんな!」
アサヒはよほど心配してたのか、頬を引っ張ったあとナツメを抱き締めた。
「わ、わるかったって……ごめん」
さすがに申し訳ないと思ったナツメは、素直に謝り俯く。
「どこ行ってた?」
アサヒの問いかけに、ナツメは少し動揺しながら目を逸らす。魂縛呪を無断で使ったことは言えないなと思い、慌てて口を開いた。
「ちょっとあっちのほうぶらぶらしてただけ」
ナツメの回答に、アサヒは少し怪しみながらも溜息を吐く。
「……そーかよ。お前そもそも一人で動いてもお金ないだろ。行きたいところあったか?連れてってやる」
アサヒはそう言ってナツメの手を固く握り、もう離さないと言わんばかりにそのまま手を握ったまま歩き始めた。
「(え、まてまてコイツらってデキてんの?)」
ヨルはその後ろを歩き面白そうに笑うと、大きく口を開いて二人に声をかける。
「お二人さーん、射的とかやろうぜー!」
ヨルがそう言うと、ナツメは目を輝かせ笑みを浮かべた。コイツついてくるのか、とアサヒは一瞬眉を顰めたが、楽しそうなナツメを見ると自然と笑みが溢れる。
「射的あるんだ!行こうぜアサヒ、三人で勝負しよう」
「俺はうまいぞ?いいのか」
「いや、俺の方がうまいね。何賭ける」
「ミズトカゲ」
「そんなんでいいのか」
ナツメが睨み合う二人の間に割って入りミズトカゲを所望すると、一行は射的屋を目指し歩き始めた。
自然とヨルを含めた三人で緑王街を回ることになり、それは日が暮れる頃まで続くのであった。
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