星流国の狐族〜池に落ちたら、妖怪しかいない異世界にワープした!?〜

みるくくらうん

文字の大きさ
上 下
42 / 113

中位隊長・センリ②

しおりを挟む


「何にせよ、思慮深いクレナイ様がナツメ様にご立派な隊服を用意している。そして上位以上の者だけが許される羽織りを持っているとも聞きました。羽織を渡される事は大変名誉なこと。貴方が認められ信頼されたという意味を持ちます。」


 センリがそう言うと、ナツメは黙って話を聞く。


「しかし私は、心からの信頼は出来ません」


 センリの突き放すような言い方と冷ややかな声色に、ナツメはお面の下で目を細めた。


「分かった」


 そもそもセンリは間違ったことは言っていない。一朝一夕で信頼を得ることは難しいと理解しているナツメは、素直に首を縦に振った。
 今すぐにでも全てを説明出来れば、と悔しそうに顔を歪めるシュラとサイカは、互いに目を見合わせてからナツメを見る。


「失礼ですが、私にさえお面の下を見せることは難しいのでしょうか。瞳を隠す理由は何です?
それか能力の一つでもお見せいただければ納得はいきます。上位になれるのは様々な条件があり、圧倒的強さ、個体の持つ特殊な才能。どれかが無ければ上位にはなれない。しかしナツメ様からは妖怪としての強さを感じられない」


 センリはナツメを見つめ問いかけると、ナツメは腕につけた数珠に一瞬目を向ける。おそらく念じれば、センリを魂縛呪で動けないようにすることは出来るかもしれない。

 しかし、ナツメは首を横に振る。


「そうしたいのは山々だけど……に緊急時以外はダメって言われてんだよ」


 ナツメがそう答えると、何か琴線に触れたのか、センリの表情が突然怒りの表情に一変し、爪を長く伸ばしてナツメに飛びかかった。


「!?」

「貴様如きがアサヒ様を呼び捨てにしないで頂きたい」


 センリは人が変わったように酷く冷たい声でそう言うと、伸ばした爪をナツメに振り翳す。


「!?」


 反射的にそれを避けようとしたナツメだが、間に合わずセンリの爪が左耳を掠めた。
 耳輪が裂けたナツメは、耳を手で押さえながら驚きの表情を浮かべる。


「オイテメェ、センリ!!!」


 激昂したシュラは牙を剥き出しにしてセンリに飛びかかると、センリは床にうつ伏せで押し付けられた状態で特に抵抗せず、血を流すナツメをただ睨み続ける。


「ナツメ殿、血が……!」


 サイカは慌ててナツメに駆け寄り様子を伺うと、ナツメは驚きつつもやがて笑みを見せ、「へーきだ」と小さく笑った。
 そしてナツメは怪我をした耳を押さえながらセンリに向かって口を開く。


「おいセンリ!てめっ、クレナイが折角作った隊服が血で汚れちゃうじゃねーかよ!こんなくだらない汚し方させんな……!」


 自分に対して攻撃をしたことではなく、あくまでクレナイが自分のために作った服が汚れる事を懸念したナツメの発言に、センリは眉を顰める。


「このような状況でも、お力は使わないのですね。私が“緊急時”を作ったというのに(何故あの程度の血を止めることが出来ない……?)」


 未だに耳を押さえるナツメの手からは血が垂れており、センリはその不可解さに目を細め怪しむように見つめた。
 そもそも上位であれば、自分の攻撃など簡単に避けたはず。それをしないのか、あるいは出来ないのか、センリのナツメに対する不信感はさらに募った。

 ナツメはぴょんっと立ち上がり、センリに向かって口を開く。


「お前がオレを気に食わないのは分かってるし、それをどうこう言うつもりもねぇ。で、オレがアサヒって呼ぶのが相当ムカツいたんだったら、お前の前では様を付けてやる。だから急に襲ったりすんな!命がいくつあっても足りねぇっての」


 ナツメは堂々とした態度でそう言うと、センリの頭に軽くゲンコツをして「仕返しだ!」と怒鳴り鼻を鳴らした。
 センリは特に痛がる様子もなく、納得いかないと言いたげな表情を浮かべる。


「あー、痛ぇ……」


 ナツメは耳がズキズキと痛むのを堪え、隊服がそれ以上汚れないように、袖から手を抜いて替えのきく白単を出すように脱いだ。
 シュラは眉を顰め、申し訳無さそうな表情を浮かべながら口を開く。


「悪いナツメ。コイツ、俺と同じでアサヒ様に拾われてんだ。普段はボーッとしたやつだが、アサヒ様の事になると途端にこうなることがある。……俺の説明不足だな」


 シュラはセンリの頭を引っ叩く。


「いいって、お前は悪くねぇよ。オレも迂闊だったというか……それに、オレがみんなを騙してるって可能性を考えてるんだろ。オレはアサヒにしつこくして入隊した身からな」


 ナツメは納得いかない設定に嫌々ながらも話を合わせ、軽く溜息を吐く。


「あ、ごめん。アサヒ様、か」


 慣れないなー、と文句を言いながら耳を押さえるナツメ。


「おいセンリ、確かに俺達はお前に情報を出してないから仕方ねぇけどな……コイツはお前が思うような危険な奴じゃねぇよ。見ろこの無害そうなちんちくりんを」


 シュラはセンリの頭を思い切り引っ叩くと、床に押さえつけるのをやめて無理矢理体を起こし目を見て話す。


「……だから怖いんですよ。一体ナツメ様の何が貴方達をそうさせるのですか。そこまで庇う理由が分かりません。
それに、シュラ様がこちらにやってきた時も、私は同じことをしたではありませんか」


 センリは真顔でそう答えると、シュラは大きく溜息を吐きながら立ち上がる。
 センリもゆらりと立ち上がって、真顔でシュラを見つめた。


「俺は良いんだよ強ェから。でもコイツは弱ェからダメだ。見ろ、爪掠めただけでこのザマだぞ」


 シュラは腕を組み反論すると、ナツメの怪我を指差しセンリを睨みつける。


「言ってる意味が分かりません。弱いなら上位にいる意味がないですけど。正直言って下位以下です」


 センリは思ったままを口にする。


「(当たり前だろ妖怪じゃねーもん)」


 ナツメは不服そうに下唇を噛んでむーっと拗ねたように唇を尖らせる。


「アァ!?よ、弱ェけどな、やるときゃやるんだよ。ダイダラボッチの時はコイツがいて助かったんだ!」


 シュラは血管を浮き上がらせながらセンリを怒鳴るも、当の本人は真顔のままだった。

 サイカはセンリにゆっくり近付き見上げる。


「センリ。ナツメ殿は……とても強い代わりに、代償として傷を上手く治せないのじゃ」


 サイカは俯き加減で小さくそう呟く。
 兄よりもその場を凌ぐのが上手いな、とナツメは感心していた。


「……」


 センリはナツメを見て、未だに血が止まらない姿を見て目を細める。


「今はナツメ殿のために、それしか言えないのじゃ。アサヒ様はセンリを信頼していない訳ではない。ナツメの具合が戻って落ち着けばきちんとお前にも事情を話すと言っておったぞ」


 センリはピクッと耳を動かし、四本の尻尾を小さく揺らしながらしばらく俯く。


「その程度の血を止められないというのが、強さ故の枷と言うのであれば一旦は信じますが」


 センリは顔を顰め、謝罪をすることなく訝しげにナツメを見ている。


「あーうん、そういう体質だと思ってくれ。あんまり力を使うと具合悪くなんの(本当のことだけどな)」


 ナツメは“人間だから”とは言えないためサイカの話に合わせる。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

転生したら召喚獣になったらしい

獅月 クロ
BL
友人と遊びに行った海にて溺れ死んだ平凡な大学生 彼が目を覚ました先は、" 聖獣 "を従える世界だった。 どうやら俺はその召喚されてパートナーの傍にいる" 召喚獣 "らしい。 自称子育て好きな見た目が怖すぎるフェンリルに溺愛されたり、 召喚師や勇者の一生を見たり、 出逢う妖精や獣人達…。案外、聖獣なのも悪くない? 召喚師や勇者の為に、影で頑張って強くなろうとしてる " 召喚獣視点 "のストーリー 貴方の役に立ちたくて聖獣達は日々努力をしていた お気に入り、しおり等ありがとうございます☆ ※登場人物はその場の雰囲気で、攻め受けが代わるリバです 苦手な方は飛ばして読んでください! 朔羽ゆきさんに、表紙を描いて頂きました! 本当にありがとうございます ※表紙(イラスト)の著作権は全て朔羽ゆきさんのものです 保存、無断転載、自作発言は控えて下さいm(__)m

処理中です...