星流国の狐族〜池に落ちたら、妖怪しかいない異世界にワープした!?〜

みるくくらうん

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神と呼ぶにはあまりにも

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 ナツメはアサヒの部屋で既に眠っており、シュラとサイカも各々自室で休む真夜中の事。


「さーて、クレナイもエンジュも酔い潰れて寝てもうたし。ほな僕、そろそろ西へ帰るわ。さすがに長くおりすぎたし、戻ったら文句言われるやろなぁ」

 
 団欒室にいたヒイラギは、酒で酔ったクレナイが円卓で眠り出すと、唐突に別れを告げ頭を掻きながら立ち上がる。
 エンジュも既に酒瓶を抱えて畳の上で眠っており、団欒室は一気に静まっていた。


「こりゃまた急だなぁ、ヒイラギ。こんな真夜中に発つのか?今日は休んで、朝に出たらいいじゃないか」


 シキは目を丸くしながら引き止めるも、ヒイラギは腰を下ろすことはなく薄目を開けて困り顔で微笑む。


「実はなぁ、明日の朝に外せない任務があんねん。ほんまは今日、はよ帰るつもりやったけど、居心地がええからついこんな時間までいてもーたわ」

「そうだったのか!?そうとは知らず申し訳ないな。こんな遅い時間まで付き合ってくれてありがとうヒイラギ。送るよ」


 シキがそう言い立ち上がると、ヒイラギは手を前に出してそれを静止する。


「ええてええて。そんな遠い訳ちゃうし、またふらっと遊びいくで。あの寝とる二人に肌掛けでもかけたり?ほなな」


 ヒイラギは笑みを浮かべたまま背を向けて扉を目指す。


「なら、せめてアサヒに一言でも」


 シキがそう食い下がるも、ヒイラギは「それもえーて」と言い、軽く笑って振り向くことなく手を振った。


「分かった。気を付けて帰ってくれ、ヒイラギ。来てくれて本当にありがとう」


 ヒイラギは扉を開き、少し振り向いて笑うと「ほな、また」と言って団欒室を颯爽と後にし縁側を歩く。


「しっかしクレナイはホンマ酒癖悪いわぁ~、それがオモロいんやけどな」


 宴会の余韻に浸りながら歩くヒイラギ。
 すると、ヒイラギが帰ることを予感したアサヒが目の前に現れた。
 月の光に照らされたアサヒは、その神々しいオーラを纏いヒイラギに近寄る。
 ヒイラギが動きを止め、笑みを浮かべて首を傾げたところでアサヒが口を開いた。


「行くのか」


 予想しなかったアサヒの登場だったが、ヒイラギはいつもの調子で口角を上げた。


「なんや、見送りかいな。柄にもないことするやん」


 アサヒを見て揶揄うように笑うヒイラギだったが、アサヒの顔は真剣そのもの。ヒイラギは困ったように頭を掻いた。


「なんやねん、調子狂う」


 ヒイラギが困り顔を浮かべると、アサヒは真顔のまま深く頭を下げた。普段感情の起伏があまりないヒイラギは、アサヒの行動に珍しく激しい動揺を見せ目を見開く。


「なっ……なにしとんの!?」


 ヒイラギは後退り顔を引き攣らせた。


「……ダイダラボッチの件、お前がいてくれて助かった。お前はサイカを助け、あの強固な心臓を一つ潰した。九尾隊だけではどうなっていたか分からない」


 アサヒは頭を上げることなく、ヒイラギに対する感謝の念を伝え始める。ヒイラギはアサヒの真剣な姿勢に、やがて軽く溜息を吐いて困ったように笑った。


「急に何言いだすかと思ったらそんなことかいな。アサヒ、首領が簡単に頭を下げるもんやない。僕は僕の意思でお前の要請に応えたんや。それに倒せたんはナツメちゃんのおかげやろ」

「……」


 アサヒはゆっくりと顔を上げる。その表情を見たヒイラギは、安心したように顔を綻ばせた。
 決して自信を失わず、この地と九尾隊を背負う迷いの無い首領の顔。昔のがむしゃらに走り抜けていたアサヒとは違う、とヒイラギは確信していた。


「アサヒ。お前は首領になりたての頃と違って、自分の弱さと未熟さを認めとる。尾の数に驕らず、才能に溺れず、他に頼るという選択をする“強さ”も備わったやないか。また何かあったら遠慮なく言うて」


 ヒイラギはニコッと笑みを浮かべて袈裟の袖に手を入れた。


「……恩に着る。お前も何かあったら遠慮なく九尾隊を頼れ」


 アサヒは、小さくそう言って微かに笑みを見せる。


「それはそうと、アサヒ。どうするん」

「……ナツメのことか」


 アサヒは月を見上げながら答える。


「そうや。ナツメちゃんは尋常じゃない力を持っとる。瘴気に耐性があって、なおかつあれだけの黒妖怪の動きを封じる力もある。それに最後に使ったあの力」

「……辺りの瘴気を吸いつくし、妖怪が視認できる程の最も危険な瘴気さえも、全て取り込む力」


 ヒイラギはアサヒの言葉に目をうっすら開けて真顔で口を開く。


「そもそもダイダラボッチは瘴気から生まれた悪の妖怪やけど、ナツメちゃんは黒妖怪になってしまった妖怪の瘴気さえも吸って、あっという間に元に戻してみせた。
何かしら条件があるかもしれへんけど、“一度黒妖怪になった妖怪は元に戻せない“ゆー理屈をひっくり返したんや。黒妖怪が増えているこの世でそんな芸当、まるで神様やないか」


 アサヒはナツメを神様と例えるヒイラギの言葉に、鼻で笑ってみせた。


「ふん、アイツが神様か……。それにしちゃあ口が悪くて短気で馬鹿すぎる。寝相は悪いし、アホみたいに睡眠をとってはよく食って大口を開けて笑う。弱っちぃチビのくせして、態度は一丁前にでけぇ。
そんな奴のどこが神だ、ただのニンゲンのガキだよ」


 そう言ってナツメを語るアサヒの表情は、普段よりも随分と柔らかく、その瞳はナツメを想う愛が宿っている。


「……神と呼ぶには、あまりにも儚すぎる。アイツはニンゲンだからな」


 どこか愛しさを含み、切なくも優しい声色で話すアサヒに、ヒイラギは全て察したように微笑むとゆっくり歩きだす。


「ええか、アサヒ。敵は黒妖怪だけちゃう。ナツメちゃんを守るんやで。ほなナツメちゃんにもよろしゅー言うといてな」


 多くを語らずそう伝えるヒイラギ。
 アサヒはその言葉の意味を理解し、目を細めて真剣な表情で「当たり前だ」と小さく返事をした。
 妖力の無いナツメは、妖怪からすれば弱い存在。悪い妖怪に狙われる危険も大いにあるので、迂闊に一人には出来ない。
 他の土地を治める隊も、全て”善”というわけではない。ナツメの力を知れば、手に入れようと画策する隊も出てくるはずだろう。
 これはアサヒやヒイラギだけでなく、他の上位狐達も薄々勘づいていることだった。

 それでもアサヒは、ナツメを守る覚悟を決め一人グッと手を握りもう一度月を見上げ、ヒイラギとは真逆の方向へと足を動かした。


「あ」


 ヒイラギが思いついたように声を出し振り返ると、アサヒはぴたっと動きを止めて振り返る。


「なんだよ。今いい感じで話が終わったじゃねーか」


 アサヒが苛ついた表情でヒイラギを睨んだため、ヒイラギは申し訳なさそうに笑みを浮かべる。


「いやー、そういえばナツメちゃんって、どうやって治ったん?急にけろっと良くなってたやんか」

「…………」


 アサヒは何も答えず顔を顰める。


「最近ナツメちゃんからアサヒの匂いがアホみたいにす」

「とっとと帰れ、糸目野郎」


 アサヒはヒイラギの話を遮るとスタスタと背を向けて去っていった。


「ナツメちゃんも大変そうやなぁ」


 ヒイラギはそう言って縁側から外に飛び降りる。団欒室は大きな九尾御殿の中でも上に位置しかなりの高さがあるが、ヒイラギはすぐに狐化し、笑みを浮かべたまま夜空に飛び立ち西へと向かった。
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