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親愛の額合わせ①
しおりを挟む「オレなんかマズイことした?」
クレナイは出て行ったアサヒにやれやれと溜息を吐くと、困り顔のナツメを見て口を開く。
「アサヒも説明したらよかったさね。まったくあの子は。ナツメ、アンタは知らなかっただろうけど、狐妖怪は額同士をくっつけることを“親愛の額合わせ”といって、“相手に永遠の愛を誓う”という意味を持つさね。
額合わせをされたら、それを返すことで“貴方と同じ気持ち”という意味になる。狐妖怪特有の感情表現さね」
ナツメはクレナイの言葉を聞いてぽろっと箸を落とす。アサヒを助けに黒い球体の中へ行った際、アサヒに対してごく自然に額を合わせていたナツメは一気に顔を赤くした。
「……そ、そうだったんだ」
「やっぱり知らへんかった?ほら、ダイダラボッチを倒した後、アサヒがナツメちゃんに額合わせしとったから、みんなびっくりしてたんやで。なんで急にああなったん?」
少しニヤけるヒイラギの質問に、ナツメは動揺しつつも何も答えず、箸を拾って一気にご飯を掻き込む。
「い、いや、別に(オレが額合わせをして、アサヒがその後に額を合わせた。それって……)」
ナツメは真っ赤な顔のまま、お茶をグビーっと一気に飲む。
「(何かあったんやなぁ)」
ヒイラギはニマニマと口角を上げる。
「ったく、とりあえずてめーはアサヒ様に謝っとけよ!とんだ巻き添えだぜ」
シュラはもぐもぐと口いっぱいに食べ物を詰め込みながら箸をナツメに向けてそう言うと、ナツメはそれを無視をして「ごちそうさまでしたっ!!!」と大声で言う。
そのまま勢い良く立ち上がったため、シュラはビクッと体を震わせた。
「これって置いといていいの?」
ナツメは使った食器を指差し問いかけると、クレナイが「片付け係がいるからいいよ」と返事をする。それを聞いたナツメは、「ありがと!」と言って慌てて団欒室を出て行った。
「アサヒが痴話喧嘩する日がくるなんてなー」
「アサヒは昔から素直じゃない子だ、前途多難さね。ナツメは口は悪いかもしれないけど、案外素直にものを言える子だから、相性はいいかもしれないよ」
シキとクレナイはまるで保護者のような目線でそう呟きながら笑みを浮かべた。
「ところで“ごちそうさま”ってなんだ?また変な呪文言ってたな」
シュラが首を傾げると、サイカは笑みを浮かべる。
「これから毎日ナツメとご飯を食べられるのだから、いつでも聞けるじゃろー兄上!」
サイカの嬉しそうな笑みを見て和んだシュラは、ふんっと鼻を鳴らし「そーだな」と呟いた。
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ナツメはアサヒの部屋に戻ると、机に向かって仕事をしていたアサヒと目が合う。
「早かったな」
アサヒは一言言ってすぐに視線を逸らし、書物に目を通した。ナツメはそんなアサヒの近くに寄り、正座をする。
「なぁー、アサヒ」
ナツメはアサヒの袖を引っ張り声をかけるも、アサヒは眉を顰め不機嫌そうに表情を歪める。
「なんだよ、邪魔すんな。ここんとこお前の調べ物と看病で仕事溜まってんだ」
少し拗ねたような声でナツメを見ることなく返事をするアサヒ。嫌味っぽい言い方をされたナツメだが、さすがに申し訳ないと思ったのか袖から手を離し俯いた。
「……ごめん。でもちょっとだけ時間ちょーだい」
ナツメのむくれながらも切なげな声に反応したアサヒは、書物を置いてナツメに向かい合わせになるように胡座をかいて首を傾げる。
こうして改めて向かい合わせになって顔を見ると、やはりアサヒはかなり容姿が整っている。クールな印象の目元に、鼻筋の通った形の良い鼻。単を少し緩めて着崩している姿は、ナツメの目には色っぽく映った。
「んだよ……ったく、ちょっとだけだぞ」
「うん。あのさ、あの……ごめん、オレ知らなかった。でこくっつける意味」
ナツメが申し訳なさそうに謝罪すると、アサヒは不機嫌な表情のまま口を開く。
「……だろーな」
アサヒは銀髪を耳に掛け直しながら答える。不機嫌な雰囲気を漂わせたままのアサヒに、ナツメはどうしたらいいか分からず困り顔を浮かべた。
「まだ怒ってんのか?」
「別に」
「シュラのやつは事故だって」
「分かってる。だから怒ってねぇよ」
アサヒは頬杖をつきながら苛ついた表情を浮かべ、未だにナツメの方を見ない。
ナツメはぷくーっと頬を膨らませアサヒの眉間を指差した。
「怒ってんじゃん!眉間に皺寄ってんぞ!」
「怒ってねぇって!お前がしつこいからだろ!」
アサヒはとうとうナツメを怒鳴りつけ、ナツメもムキになって膝立ちをして言い返した。
「だってどう見たって怒ってんじゃねーかよ!言いたいことあんならちゃんと言えよなぁ!分かんねーじゃん!」
歯向かうナツメに、アサヒは舌打ちをする。
「じゃあ言ってやるよ!お前、意味も分かんないで額合わせて、俺をその気にさせやがって!……今更取り消したっておせーからな!?」
アサヒはナツメの胸ぐらを掴んで引き寄せると、怒り混じりの切なげな表情でナツメを睨む。
ナツメはしばらくの沈黙の後、一気に顔を赤くして目を見開いた。
「は、はぁ?……だ、誰が取り消すなんて言ったんだよ」
ナツメは胸ぐらを掴まれたまま抵抗せず、だらんと腕を垂らしながらアサヒを見つめる。きゅっと下唇を噛み、伏せ目がちの愛らしい瞳がアサヒを捉えた。
「っ……」
アサヒはナツメからそっと手を離し、驚いた表情を浮かべながら少し俯く。まるで拍子抜けしたかのように背中を丸め、何も言わないが目は動揺を隠しきれていなかった。
「オレさ、月を背にして飛んでくるお前を初めて見た時、“やっと会えた”って思ったんだ。理屈は全然わかんねーけど……」
「…………」
「そ、そりゃあお前助けた時は無我夢中でやったことだし、色々な思い詰め込んでやったことだけど」
ナツメはグイッとアサヒの髪を引っ張ると、ぴたっと優しく額を合わせた。
お互いのまつげが触れそうな距離感に、アサヒは息を飲む。
「なっ……」
アサヒは少し顔を赤くし、目を逸らすことのできない距離になったことでナツメをずっと見つめることしか出来ず狼狽えた。
「オレは、あの時の額合わせを取り消すつもりないよ」
ナツメは目を細め、小さくそう言って微笑む。額合わせの意味を理解したナツメの精一杯の行動に、アサヒは一度額を離し、もう一度ナツメと額をくっつけた。
「お前、本当にどういう意味か分かってやってんだろうな」
アサヒは小さく低い声でナツメに問いかける。ナツメの高い体温に引っ張られ、顔が火照るアサヒ。
「分かってるよ……」
ナツメは小さくそう言って、額を合わせたままじっとアサヒを見つめる。アサヒはすっかり機嫌が治り、眉間の皺はすっかり消え失せていた。
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