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目覚めぬナツメ
しおりを挟むナツメが倒れて一週間経つが、ナツメは一向に目を覚ますことなく眠り続けていた。
呼吸はしているが、高熱を出しては下がるの繰り返し。声をかけても返事をすることはなく、ひたすら眠り続ける。
ナツメはアサヒの部屋の布団で寝かされており、アサヒ自身が濡れた布を用意したり、汗を拭いて着替えさせたり、定期的に水を飲ませるなどをして世話をしていた。
事情を知っている九尾隊の下っ端が世話係を名乗り出たが、アサヒはそれを全て突っぱねてナツメの面倒を見ている。
時折、上位の狐が様子を見にきて声をかけるが、やはり反応は無く、サイカは特に一番元気がなかった。
ナツメが倒れてから、アサヒはナツメを助けるヒントを得るために、大昔に人間と妖怪が共存していたときの内容に関する文献を読み漁っていた。
“人間は妖怪と違って妖力は持たず、代わりに霊力や神通力を使う特殊な人間が現れた。善い妖怪は特殊な力を持つニンゲンと結託し戦うこともあった”
“ニンゲンは文明が発達しており、建物や織物、さらには文字を作り、妖怪はそれを真似し文明を引き継いだ”
”ニンゲンは毎日睡眠を取らねばならず、三日ほど水を断つと死ぬ危険がある“
”傷を治せる妖力が無いため、怪我をすると薬草を用いる必要がある“
”ニンゲンは、百年も生きられない事が普通。永久の時を生きる妖怪より、極端に寿命が短く儚いが、それ故に一生懸命に生きる弱くも強き生き物“
寿命の記述を見たアサヒは、ピタッとページを捲る手を止め目を見開いた。
「……お前はそんなに寿命が短いのか、ナツメ」
アサヒは眠るナツメに近付き、胡座をかいて見下ろすと、切なげにそう呟いて頬に触れる。長いまつげをそっと撫でてから、額に触れて熱を確認した。
すると、扉の向こうに気配を感じたアサヒは、後ろを振り向く。
「クレナイ、いるのか」
「入っても良いかい?」
「ああ」
アサヒはナツメを見下ろしたまま返事をする。
「どうだい?調べ物の調子は」
クレナイはいつもの華やかな着物姿でアサヒの横に座り、同じようにナツメを見下ろす。
「……どれもニンゲンの勉強にはなるが、ナツメを助けられるような記述が無ぇよ。都の本も取り寄せたが、あまり参考にならねぇ」
アサヒは頭を掻き悔しそうに表情を歪めた。クレナイはそんなアサヒに、古い一冊の本を差し出す。
「これを読みな。エンジュの部屋にあった本だよ」
「エンジュの……?」
かつて九尾隊の四天王にいたエンジュ。とある事でアサヒと揉め、五十年もの間九尾御殿に帰らず家出をしている。
四天王の中でも最年長のエンジュは、この九尾御殿の中でもっと知識のある狐。クレナイは申し訳ないと思いつつも、エンジュの部屋を物色し本を探し出していた。
「このページからご覧。ナツメと似た力を持つニンゲンの話が出てくる」
アサヒはクレナイからその本を受け取ると、急いで内容を確認する。
“八岐大蛇を倒した巫女・サクナは、最強の霊力と神通力を持つニンゲンであり、相手の動きを封じる〈魂縛呪〉などの特殊な技を用いた。”
「こ、これは……」
ナツメがダイダラボッチの体を封じたのを思い出したアサヒは、この内容に酷似した技だと思い目を見開いてさらに読み進める。
“普通のニンゲンであれば、大量の瘴気を受けると病気に罹ることが多い。しかし、サクナは瘴気に対する耐性が非常に強く、また体内に多くの瘴気を吸い込んで妖力に変換できた”
「これは……!」
アサヒはクレナイを見て驚きの表情を浮かべる。
「問題はその次さね」
アサヒは慌てて続きを読む。
“しかしニンゲンは、妖力を操る術を持たず、体内に長く保持していれば拒否反応で異常を来し、目眩や吐気、発熱などの症状が出る。それを解消するには“
アサヒはそこまで読むと、それ以降の文字が掠れて読めなくなっていることに気付く。元々かなり年季の入った書物だった為、至る所が破れていた。
肝心なところが読めないことに苛立ちを覚えたアサヒは本を閉じ立ち上がる。
「肝心な所がそうなってるさね。でもそこに書いてある事が答えなのだろう」
クレナイも立ち上がり、目を細めアサヒを見た。
「作者は生きてるか」
アサヒは真剣な表情でクレナイに問いかけると、クレナイは一度小さく頷いた。
「ソイツに聞く。名は?」
「表紙を見な」
アサヒは本の表紙を見て目を見開く。
「この本を書いたのは、エンジュだよ」
「……」
アサヒは深い溜息を吐いて舌打ちをするも、ナツメを見下ろしグッと本を握りしめた。
「……場所は知ってる。近いよ。どうするさね」
「行くに決まってんだろ」
クレナイの問いかけに、アサヒは即答し扉の方へ向かう。クレナイはクスッと笑みを浮かべ、ナツメを見下ろし嬉しそうに目を細めた。
「(ナツメ、アサヒは思ったよりアンタを大事に思ってるようだよ。早く戻って来てやって)」
クレナイは心の中でナツメにそう囁き、アサヒの後ろに続いた。
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