星流国の狐族〜池に落ちたら、妖怪しかいない異世界にワープした!?〜

みるくくらうん

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取り返した翡翠山①

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「いいかアサヒ。オレが絶対助けてやるから、諦めるなよ!」

「…………」

「お前が諦めたら終わりなんだからなっ!」


 アサヒは光を失った目でナツメを見る。不思議とナツメの姿がはっきりと見えるアサヒは、じっとその様子を見つめていた。
 依然瘴気を跳ね返す妖力を生み出せないアサヒを見て、ナツメはさらに続ける。


「思い出せよ!オレは何も知らないかもしれないけど、お前にとって九尾隊の奴らはすげー大事な奴らなんだろ?このままじゃ、お前は自分を失って、黒妖怪になってみんなを襲うかもしれないんだぞ。お前を好きな九尾隊の奴らも、ヒイラギ様も、お前と戦いたいワケないだろ!?」


 ナツメの言葉に反応した数珠が、強い光を帯びてアサヒを包み込む。その光はアサヒを包む瘴気を吸い込み、アサヒはピクッと耳を動かした。


「お前が黒妖怪になるなんて最悪な結末、絶対にオレが変えてやる。きっとオレはそうするためにこの世界に来たんだ」


 ナツメは数珠を握り締め、アサヒの額に自分の額を優しく合わせると、頭を撫でながら目を閉じる。


「アサヒ、その目ちゃんと開けて、オレがお前を助けるところ、見届けろ」


 ナツメは出会って間もない九尾隊の狐達を思い浮かべる。みんなが心からアサヒを信用し慕っているのは、ナツメの目からも明らかだった。
 アサヒを失って落胆する狐達を見たくない。九尾隊を、この地を必死に守ろうとしているアサヒを、ここで失う訳にはいかない。心の底からそう思うナツメに反応し、数珠がドクンと生きているように脈打ち始めた。


「そんで、もしお前が助かったら、オレをちゃんと名前で呼べ」


 ナツメは額を合わせたまま小さなえくぼを出しながら儚げに笑みを浮かべると、アサヒはその姿を目に焼き付けるようにじっくりと見つめた。
 ナツメの話す言葉がじんわりと体内に広がり、温かみを持っていく。枯れた花が再び咲き誇るような不思議な感覚に、アサヒは心地良さを覚えた。


「“ニンゲン”じゃなくて、“ナツメ”って、呼べよな、アサヒ」


 そう言って笑ったナツメは、やがてこれまでにない青白い光を放ち始める。
 数珠が激しく脈打ち、アサヒに流れ込んでいた周囲の黒い液体がピタリと動きを止めた。


「……」


 ナツメは目を閉じたままふわりと浮き上がると、アサヒに入り込んだ黒い液体と瘴気を自らの体内へと吸い込んでいく。
 しばらくすると、アサヒの目は元の金色の瞳に戻っていた。





------------------------------------




 一方、黒い球体を見続けていた狐達。既に夜が明け朝日が昇り始めても、誰もその場を動こうとはしなかった。


「もう何時間もこのままじゃ……アサヒ様もナツメ殿も大丈夫なのだろうか兄上」

「……信じて待つしかねぇよ」


 シュラは、諦めずナツメを信じた目で球体を見続けた。
 すると、僅かに球体が歪んでいるのに気づき目を見開く。


「おい、玉が動いたぞ!」

 
 シュラが大声で叫ぶと、それに続いてクレナイも口を開く。


「光が……見えるさね」


 球体は徐々に形を崩し、中から青白い光がドンドン溢れていくのを見たサイカは、驚きの表情を浮かべ耳をピンと立てた。


「ナツメ殿の光じゃ……」


 サイカは目を潤ませ、涙声でそう呟く。


「ナツメ君……無事なんだな」


 少し妖力が復活したシキは、少し大きいサイズに戻りその様子を眺める。


「……瘴気の流れが、玉の方へ向かっとる」


 ヒイラギは山を包む瘴気の流れが変わったことに気付き目を見開いた。


「!」


 やがて球体は激しく歪み、中からは瘴気が綺麗に取り払われたアサヒが勢いよく吐き出され、頂上の地面に叩き付けられ土埃が舞う。


「アサヒ!」
「アサヒ様!」


 狐達は、アサヒに駆け寄って心配そうに様子を伺った。
 いつもと変わらぬアサヒの妖力を感じた一同は、安堵の表情を浮かべる。


「……アイツが、まだ、中にっ……ナツメ!ナツメ!!」


 アサヒは目を開き、少しよろめきながらも起き上がると、美しい金色の瞳で歪んだ球体を見上げならナツメを何度も呼ぶ。
 今にも飛ぼうとするアサヒを、シキが前に立って止める。


「落ち着けアサヒ、一体中で何があったんだ」


 シキの問いかけに、アサヒは息を上げながら口を開く。


「俺に入り込んだダイダラボッチを、アイツが……ナツメが、見たこともねぇ力で全部身体に取り込んだ」


 アサヒは中での出来事をきちんと覚えていた。助かったら名前で呼べと言われたことを律儀に守りナツメの名を呼ぶも、ここにナツメはいない。


「なんやて!?」

「ナツメ殿は大丈夫なのか、アサヒ様!?」


 サイカの問いかけに、アサヒは顔を歪める。


「分からねぇ、俺から瘴気もダイダラボッチの本体も吸い上げて、妙な力で闇を裂いて俺を吹っ飛ばした。アイツは中でまだ残りのダイダラボッチを取り込み続けてる」

「そ、そんな……ナツメ殿……」


 アサヒは最後に見たナツメの顔を思い出す。不思議な力で吹き飛ばされる前、ナツメは目をうっすらと開けて笑みを浮かべていた。このまま死んでも良いと思っているような、儚く切ない表情。
 しかしそこから垣間見えた、偽善ではない確固たる精神がアサヒの胸を打つ。


「アイツは心から俺を助けたがっていた。何でそんなことが出来る。俺はアイツにそうさせるような何かをしたか……?何もしらねぇニンゲンが、命をかける意味は何だ?」


 アサヒは目を細め、理解しきれないナツメの行動を自身の中で消化しきれず、クレナイに問いかける。


「……ナツメはね、アンタを助けに行くことに何の迷いもなかったさね。まだ出会って間もないアタシら九尾隊の気持ちを汲んでいたし、あの子自身も、アンタを失ってはいけないと本気で思っている目をしていた。
何がそうさせたかは分からないさね。説明できない何かがあるのかもしれない。それでも、ただの偽善じゃ出来ないことを、あの子は当たり前のようにやった」


 アサヒは、初めて見たナツメの笑顔や、暗闇の中で額を合わせ、強く呼びかけていたナツメの純粋な温かさを思い出す。
 その瞬間、猛烈に引き寄せられる感情を覚えたアサヒは、目を見開き歯を食いしばる。


「……こんなところで死なせちゃだめだ。俺に額を合わせておいて、くたばったら許さねぇ」

 クレナイはアサヒの言葉に目を細め、鼻をクンクンと動かす。
 
「アサヒ、ナツメの気配はまだするさね。生きている。死んじゃいない」


 クレナイは小さくも力強い声でそう言うと、やがて球体が激しく割れ、意識を失っているナツメが姿を現す。


「ナツメ!」


 アサヒがそう叫ぶと、一同は弾けた球体の上に浮き上がるナツメを確認した。ナツメは目を閉じ青白く光り輝き続けその場に留まり続ける。
 意識を失ってるのか、目を開くことなく黒い液体を自身の中へとどんどん取り込んでいた。


「……おい、大丈夫なのかアレ。いくらニンゲンでも毒だろ」


 シュラは冷や汗を垂らしながら呟く。


「……翡翠山の瘴気が消えていく」


 アサヒは、見えずとも翡翠山の瘴気の流れがナツメに向かっていることに気付き、ナツメを再び見上げて目を見開いた。


「ナツメ君が瘴気を全部吸い取ってるのか……?」

「そうみたいさね……身体が楽になっていくよ」


 自身に入っていた瘴気の気配が無くなったのを感じ、シキとクレナイは互いに目を合わせる。


「こんな子、見たことあらへん」


 ヒイラギは困った顔でナツメを見上げ、渦を巻いてナツメに向かっていく瘴気を感じながら後ろを振り返る。
 瘴気に汚染されていた翡翠山は、瘴気が取り払われ妖力が復活していく。黒妖怪になっていた妖怪達の瘴気ですらナツメの力で吸い取られていた。


「なんや、既に黒妖怪になっていた妖怪も……元に戻ってる」


 ヒイラギがそう口にすると、一同はまるで奇跡を見たかのような顔を浮かべた。


「奇跡じゃ……」


 全ての瘴気を吸い込んだナツメは、青白く放っていた光を失い、徐々に髪色が紺に戻っていき下に落ちていく。


「ナツメ!」


 アサヒはすかさず飛び上がり、ナツメを口に咥えてそっと地面に降ろし寝かせた。




 平和が訪れた翠緑の地。


 鳥の囀りと、煌めく朝日。翡翠山はいつもの豊かさを取り戻す中、ナツメはピクッと指を動かす。
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