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九尾隊四天王・エンジュ
しおりを挟む~星流国・都 “龍神の地”~
「なんだよここ」
一時の夢を見て表情を緩める妖怪が多い中、アサヒは煌びやかな提灯が光る花街で、一人苛立った表情を浮かべた。
クレナイに案内されたのは、都の一番高級な遊郭“花煌亭“だったため、アサヒは盛大なため息を吐く。
「あの色ボケ野郎、こんなとこにいやがんのか?」
アサヒは遊郭を指さして顔を引き攣らせる。
「そうさね。元々アンタと揉めた原因はこれだろう?翠緑の地に遊郭を作りたいと言ったエンジュを、アンタが突っぱねたからまだ拗ねているのさ」
「……」
アサヒは憂鬱そうな顔で花煌亭を見上げ、大きな溜息を吐く。
「十年ぐらいで帰ってくると思ってたけど、意地を張って五十年もへそを曲げているさね。良い機会だし、早く連れ戻しな。アタシはここで待ってるからさぁ」
クレナイは扇子を広げニッコリと笑みを浮かべる。
アサヒは意を決し、美しい銀髪を揺らしながら花煌亭の暖簾をくぐった。芳しい花の香りがアサヒの鼻を掠め、煌びやかな装飾に一瞬目を細める。
アサヒが中に入ると、出迎えた猫妖怪の受付が顔を赤くした。
「(あらま、男前ね)いらっしゃいませぇ狐の旦那様ぁ~!……うちの廓は初めてのご利用で?どの子に致します?」
溜息の出るようなアサヒの美しさに、待機していた遊女達が嬉しそうにアピールをし出す。しかしアサヒは見向きもせず顔を顰めた。
「いや、いい……別の用があって来た」
「(男色かしら?)なるほど、人数は少ないですが男娼もいます。其方の部屋に……」
「だぁーっ!!!客じゃねぇって意味だよ!ここに来てる狐の妖怪の部屋に案内しろ!栗色の癖っ毛で眼鏡をかけた奴だ!」
勘違いをした受付の言葉を遮るように怒鳴りつけるアサヒに、受付はビクッと体を震わせ目を潤ませる。
見た目からは想像できない口の悪さに、逆に親しみやすいと遊女からは黄色い歓声が上がった。
「そ、その旦那様ぁ?当廓は、お客様をお守りする観点でそういったことは……」
「あのマヌケが今日払った額の倍出す。早く案内しろ、狐の呪いはタチが悪いぞ?」
アサヒは凄まじい妖力のオーラを放って脅すように受付に言い放つと、お金を受付の台に乱暴に置いて睨み付けた。
「かっ……かしこまりましたぁ~」
-------------------------------------
最上階に案内されたアサヒは、断りを入れずに乱暴に部屋の扉を開く。
そこには色気を放ちながら服を脱がそうとするエンジュと、遊女が三人。
「…………」
アサヒは顔を引き攣らせる。
「おお!アサヒではないかー!」
エンジュは明るい声色でアサヒの元へ駆け寄ると、ニコッと優しい笑みを浮かべ手を握る。
「アサヒも混ざりに来たのかい?んん?」
エンジュの天然さが爆発し、アサヒは顔を歪め牙を見せ怒りを露わにした。
「んなワケあるかぁボケェ!!!!尻尾引きちぎって、七尾じゃなくて三尾ぐらいにしてやろうか?アァ?」
アサヒはエンジュの胸ぐらを掴み睨み付ける。
「えっ……違うの?何しに来たの?」
エンジュは困った顔でそう問いかけると、アサヒは手を離して溜息を吐く。
「いい加減、翠緑に戻ってこいって言いに来たんだ。それと聞きたいこともある。お前がいない間、大変だったんだぞ」
「えー?大袈裟だなぁ。そんな四、五年でなんか起きるワケな」
「五十年だドアホ!お前はしょーもない理由で、五十年も四天王の責務をサボってこんなとこで現を抜かしやがったんだぞ、分かってんのかぁ!!!」
アサヒのあまりの怒りに、遊女達はそそくさと部屋を出ていく。
エンジュはキョトンとした目でアサヒを見る。
「え、うそ、そんなに経った……?五十年?うそーん」
エンジュは驚きの表情を浮かべわなわなと震える。妖怪は時間の流れをあまり気にしないが、エンジュの感覚はかなり疎いため、それだけの日数が経っている事に気付かなかった様子だった。
「でも戻りたくない」
エンジュはプイッとアサヒからそっぽを向く。アサヒよりもうんと年上のはずだが、アサヒはまるで子供を相手にしているかのような気分だった。
「一応聞くが、何でだ」
「翠緑に遊郭を作りたいって言ったでしょーが」
「翠緑から都は近いだろ、行きたかったら都に行けって五十年前も言ったよな」
アサヒは大きな溜息を吐く。
「だからー、違うんだってぇー。ボクにも色々理由があるのぉー」
エンジュは駄々をこねる子供のように地団駄を踏んでから座布団に座った。
「なんだよ理由って」
アサヒは畳の上に胡座を掻き面倒くさそうに問いかける。エンジュは少し真面目な表情をして口を開いた。
「翠緑の地は都ほどじゃないけど栄えてるだろう?人口も多いし、活気のある街だ。だけど遊郭がない事で、多くの男たちが都まで出向いて廓でお金を落としてる。しかも都の廓はバカ高い」
「だから何だ、そんなの個人の自由だろうが。全員が行くわけでもねーし」
「だからさ、翠緑に廓を作っちゃえば、翠緑の経済が潤うだろ~!?わざわざ高い金払って都の廓に行くより、近場で翠緑価格の廓に通う方が絶対に良い。たしかに妖怪としての強さも大事だよ?でも、それだけじゃ土地は豊かにはならない。見窄らしい地は舐められる。民を苦しめているんじゃないか、ってね」
「…………」
エンジュは元々、四天王として翠緑の地の経済を取り仕切る仕事をしていたため、言っていることに一理あると思ったアサヒは黙って話を聞いた。
「近頃、都を仕切る”応龍隊“の御殿がどんどん派手になってる。まるで自分達の隊がこの国で最も強いと言いたげにね。周辺の経済状況が芳しくない地を財力で落とそうとしているような黒い噂もある。何かされる前に手を打った方がいいよー?」
エンジュはそう言って軽く溜息を吐いた。
「それ、五十年前にもちゃんと説明したか?俺に」
「ううん。してない。だってアサヒがすぐ怒るから」
アサヒは「うっ」と動揺した声をあげて気まずそうな表情を浮かべた。
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