懐古百貨店 ～迷えるあなたの想い出の品、作ります～

大食堂フロア

化粧品売り場

　

「たっぷりチョコのかかったパフェならすぐに用意できそうですよね」

　エンたちの元に戻ったあげははそう言った。

「……まあ、オムライスも佃さん次第ですぐできるけどな」

「由緒ありそうな華やかなもの。
　満足されるかはわからないが、ちょっと思いついたものがある」

　エンと奪がそう言う。

　少し広がった食堂を見ながら、溜息ついてエンが言った。

「まあ、贅沢は言うまい。
　ここらでよしとするか。

　大食堂というより、食堂だが……」

　そのとき、エスカレーターが動く音がした。

　ここのエスカレーターは人がいないときは動かないのに。

　振り返ると、品のいい老婦人が上がってくるところだった。

　キョロキョロと周囲を見回しながら、あらあら、まあまあ、と言っている。

　エンがあげはの背を肘で突いた。

　わかりましたよう、と思いながら、あげはは彼女に近づき、
「いらっしゃいませ。
　お好きな席へどうぞ」
と言ってみた。

　奪が、待て、という顔をしているのが見えた。

　お客さまが現れたのに、席が現れていなかったからだ。

　これでは案内できないな、と思いながら、エンを見ると、エンは老婦人の顔をじっと見つめていた。

「あの、今すぐお席を用意いたしますので、少々お待ちください」

　そう言いながら、内心、慌てる。

　待っていただくソファもないっ。

　エスカレーターが動く音がした。

　下に下りていく奪の頭が見える。

　エンが彼女の前に進み出た。

「お待たせして、申し訳ございません」
と微笑む。

「いいのよ、気にしないで」
と老婦人も微笑んだ。

　エンは小声であげはに、
「お前、この方に百貨店を案内して差し上げろ」
と言って、エスカレーターに乗る。

　エンも消えてしまった。

　えー、この百貨店をっ？

　まだできてないとこ、多いんですけどっ。

　そう思いながらも、ご婦人に声をかけてみる。

「あの……

　お席ができるまで、よろしかったら、店内をご案内いたしますが」

　そう言ってみた。

「まあ、そう？
　いいのかしら。

　悪いわね」

　感じのいいそのご婦人と一階まで下り、化粧品や香水売り場を見て回る。

　案内どころか、ご婦人の方が詳しかったのだが……。

「まあ、懐かしいわ、この瓶。
　オイデルミンね」

　そう言いながら、婦人は化粧品の棚にずらりと並んでいる真紅のリボンのついたガラス瓶を手にとった。

　蓋の部分は紙で包まれ、ガラス瓶にはクラシカルな花柄のシール。

　中には紅い液体と、見た目もとても可愛らしい。

「オイデルミン？」

「母がよく使っていたわ。
　瓶がとても艶やかで、子どものころ、憧れだった」

「変わった名前ですね」

「ギリシャ語で、『良い肌』という意味だそうよ。
　ふきとり化粧水なの」

　そんな話を婦人がしてくれている間、後ろを喫茶室から持ち出したテーブルと椅子を手に奪とエンがエスカレーターへと急いでいた。

　なるほど。
　こんなドタバタを見せたら、百貨店の優雅さがなくなるもんな。

　あげはは、彼女があちらを振り返らないよう、話しかけ続ける。

「お客様もお使いになられてたんですか？」

「そうねえ。
　昔は高かったけど。

　今はドラッグストアにもあるしね」

　――!?

「今の瓶もレトロなデザインで可愛いわよ。
　性能のいい高いものも出てるみたいなんだけど。

　私は昔ながらのが好きかしら」

　そ、そうか。
　最近、お亡くなりになった霊なら、古い時代も知ってるけど、ドラッグストアも知ってるもんね。

　それにしても、香水売り場はハッキリしてたけど、化粧品売り場は、ぼんやりって感じだったのに、急にいろんなところがハッキリ見え始めたな、とあげはは思う。

　ヘチマコロンの化粧水とクリームの緑の瓶を眺めていると、エスカレーターで下りて来ながら、奪が手を振るのが見えた。

「お席のご用意ができたようです。
　どうぞ」
とご婦人に微笑みかける。