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大食堂フロア

軍人さんの望むもの

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 ギロリとその男前の将校があげはを見た。

「この店の女給か」

「はい」

「もう少し清潔感を出したら、どうだ。
 カフェーじゃないんだぞ。

 髪を結べ」

「申し訳ございません」

 いつの時代の人なのか知らないが。

 この人の言うカフェーとやらは、今の小洒落たカフェじゃなくて。

 ホステスみたいな女給さんのいた店のことなんだろうな、と思う。

「チョコレートはないのか」

「チョコレートでございますか?」

 あのおじいさんの作り出したメニュー、なにが載ってるんだろうな、とひょい、と男の近くからそのメニュー表を眺めようとしたら、飛んで逃げられた。

「なにをするっ」

 ……なにもしてません。

「嫁入り前の娘がそのように男に近づくなどとっ」

 よく嫁入り前ってわかりましたね。

 あなたの時代では、私も行き遅れ扱いかもしれないんですけどね、と苦笑いしていると、
「……無性にチョコレートが食べたいのだ。
 あのモソモソ、パサパサした粉っぽいチョコレートが」
と将校は言い出す。

 モソモソ、パサパサ……。

「それ、代用チョコレートですか?
 戦時中とかに作ってたとか言う」

「ほう、娘。
 あれを知っているのか」

「はあ、子どもの頃、チョコの食べ過ぎで、親に取り上げられまして。
 自分で作れないかなと思って、図書室で調べてみたんですが。

 現代では材料をそろえるのが、むしろ、普通のチョコ作るよりより大変そうだったので。
 カカオの木を買って育てようかと思って」

「気の長い話だな」

「ホームセンターに行ったら、珈琲の木しかなかったので、珈琲の木を買って帰りました」

「なにかお前の人生を表しているかのような出来事だな。
 それで、珈琲の実はなったのか」

「いやー、未だに二十センチくらいしか育ってないんですけど」

「……まだ育ててるのか」

「あ、そうだ。
 普通のチョコならありますよ」

 今日は百貨店の制服に着替えていなかったので、スーツのポケットに、昼に周子がくれた小さなチョコレートがあった。

 よくある大袋に大量に入っているキャンディ包みのチョコレートなのだが。

 チョコなのか、飴なのか。
 見た瞬間に迷ってしまうような小洒落た個包装のチョコレートなどより、生々しくチョコだ。

 男の前に、コトリと置くと、彼は顔をしかめた。

「こんなものを食べたら、代用チョコレートなど食べられなくなるではないか」

 ……じゃあ、そもそも食べたくないのでは、と思ったが、彼は美味しいチョコレートが食べたいわけではなく、思い出に浸りたいのだろうと思う。

「わかりました。
 それっぽいものを作ってきます」

 あげはは、過去の記憶を引っ張り出しながら言った。

「えーと、確かに百合根とか、オクラの種とか、脱脂大豆粉とかいう謎なものとかで作るんですよね」

 雰囲気を味わいたいだけなら。

 百合根とオクラの種と大豆を粉砕し、溶かしたチョコで混ぜ固めたのでは駄目だろうか、と内心思っていた。

 百戦錬磨の将校と目が合った。

「やめておこう」
と言われる。

 ……心を読まれてしまったようだ。

 さすがなんか偉そうな将校様だ。

 彼はメニューを置くと、こちらの目をまっすぐ見て言った。

「たっぷりチョコのかかったパフェが食べてみたい」

「……一気に欲望に走りましたね」




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