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大食堂フロア
百貨店のオムライス
しおりを挟む「周子さんと食べてきたんですよ。
昔の百貨店のオムライスに近いオムライス」
今すぐ再現できますよ、と夜、喫茶室のカウンターであげはは言った。
「お前が再現するのか」
と紅茶を飲みながら、奪が言う。
もう珈琲屋さんは閉まっているし、作ってもらっている分も売り切れてない、ということで、紅茶のようだった。
「エンさん器用そうなのに、ご自分で淹れられたらいいじゃないですか」
と以前言ってみたのだが。
「お客様にそんな適当なものを出せるか。
この喫茶室も百貨店の一部。
祟られるかもしれんだろ」
と言う。
……立派な話のような、そうでもないような。
適当でないものを自分で作るという発想はないようだ。
そう思ったことを思い出しながら、あげはは彼らに言う。
「私にできるわけないじゃないですか。
あんなつるんとしたオムライス。
盛り付けと形状見てきただけですよ」
「……なんの役に立つんだそれは」
と奪が言い、エンが、
「誰が作ってもいいが、まだ出すな」
と言う。
「あの人の思いが溜まって、大食堂がふんわりできてきたら出そう。
そうしたら、大食堂フロアが固定されるから」
……ほんとうに誰のためなんだろうな、この百貨店。
まあ、お客様も喜んでいるからいいのだろうか……。
「そういえば、シェフの霊とかいないのか」
と言う奪に、
「……別に霊でなくともいいのでは」
などと言っている間に、エンが出て行った。
戻ってきて言う。
「うん。
結構できてきたな、ちょっと来てみろ」
「えっ? ほんとですか?」
三人で覗きに行くと、ガランとした催事場フロアの奥側にエスカレーターが現れていた。
「なんかどきどきしますねっ」
徐々に見えてくる。
広い空間。
食品サンプルの並んだ大きなショーケース。
しかし、サンプルがカラフルなことはわかるが、なにが並んでいるのかはまだ、ぼんやりして見えない。
ショーケースと白い壁のその向こうに行くと、窓とテーブルと椅子が二脚あった。
夜なのに、窓の外は明るい。
おじいさんのイメージの中の百貨店の大食堂は昼なのかもしれない。
ここは背の高いビルに囲まれているはずなのに、その窓からは青空しか見えなかった。
おじいさんは席に着き、透明なケースに入ったメニューを眺めているようだった。
にこにこしながら座っているおじいさんを見ていると、あげはも嬉しくなってきた。
「明日辺りには行けそうじゃないですか?」
「そうだな。
あげは、どんな皿でどんな盛り付けだったか、絵に描け」
とエンが言う。
「いよいよ、オムライス作るんですねっ?」
「ああ、佃さんが」
佃さんが……。
「佃さん、器用だから」
……自力ではやらないんだ。
次の日、仕事が終わるのが待ち遠しく、奪を急かして、百貨店に向かう。
「大食堂っていいですね。
なんかワクワクしますね。
課長は行ったことありますか? 百貨店の大食堂」
「子どものころ、あるかな。
お前はないのか?」
「あるのかもしれないですけど。
記憶には残ってないですね」
喫茶室に行くと、エンが待っていた。
「行ってみるか」
と大食堂に上がってみると、昨日は、ぼんやりとしか見えなかった食品サンプルがハッキリ見えている。
すごいじゃないですかっ、と思ったとき、奪が気がついた。
「待て。
他にも誰かいるぞ」
入り口からそっと覗くと、にこにこしながら、メニューを見ているおじいさんから離れた場所に誰かいる。
「テーブルと椅子が一セット増えてますね……」
新たなる人物がその椅子に座り、メニューを見ているのだが。
その姿をかなり不自然に感じた。
「あの……
源氏物語がいるみたいなんですけど」
……言い方、と奪が顔をしかめて、呟く。
十二単を着たお姫様っぽいものが椅子に座っていた。
メニューに顔を近づけ、眺めている。
「あの時代の人、灯りが暗かったせいで、近眼が多いらしいからな」
と後ろでエンが冷静に呟いていた。
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