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大食堂フロア
まだそのメニューは出すな
しおりを挟む「真っ黄色のオムライスか。
老舗のレストランとかでよく出る、つるんとした奴のことだろうな。
白か銀の食器にでも入れたら、それっぽいだろう」
エンがそんなことを言う。
老人は書籍フロアで本を見ているようだった。
「あとはあの老人がもう少し彼の思う百貨店の大食堂を思い描いてくれればな」
今日はもう無理だろう。
明日また来い、と言われる。
「なんかあれですね。
幽霊の人の気持ちを利用して、百貨店を完成させようとしてるみたいで、ちょっと申し訳ない気持ちがしますね」
帰りながら、奪にそう言うと、
「そもそも幽霊のための百貨店だろ。
いいんじゃないのか?」
と言う。
霊のための百貨店を作ることが、エンさんの目的なのだろうか?
いや、百貨店を甦らせようとしているのは、そもそも、エンさんなのか――?
あの日、事情が聞けそうだったのに、
『で、なんだかんだで、今、ここにいる』
と端折られてしまったからな……。
月曜、職場の廊下を歩きながら、まだそのことを考えていたあげはは、前を歩く人に近づきすぎ、踵を踏んでしまった。
「あっ、すみませんっ」
と謝ると、つんのめったその女子社員は、
お~の~れ~っ、とばかりに振り返る。
だが、あげはに気づき、あっ、という顔をした。
「なんだ、久嗣あげはか」
周子だった。
「周子さん、お疲れ様です。
すみません、踏んじゃって」
「すみません、踏んじゃってって、なんだか嫌な謝られ方だわ。
すごい踏みつけられた気がするわ。
あんたが私よりデカイからかしら」
とか、ぶつぶつ言っている。
そして、唐突に、
「ねえ、敬語やめてくれない?」
と周子は言ってきた。
「でも、周子さん、先輩ですから」
「一年しか違わないじゃないの。
そもそも、私は短大卒だから、あんたより、年下なのよ」
そうよ、年下なのよっ、と周子は繰り返す。
「あんたが私に敬語を使ったら、私の方が年上だと前原課長に思われるじゃないのっ」
「思われたらいけないんですか?」
「若い方が男の人にはウケがいいじゃないの」
そこで、あげはが小首をかしげ、
「課長はそういう一般的な好みとは違うところを見てそうですよ。
なんか、知的な年上の美女とか好きそうですが」
と言うと、
「知的な美女?
あんたみたいな?」
と言い出す。
「いや、私は全然知的じゃないんですけど」
「そうねー。
なんかゆるい感じよね~。
でも、黙ってたら、知的な美人って感じよ。
……余計ムカつくわ」
と何故か褒められたあと、落とされる。
「それにしても羨ましいわっ」
「え? なにがですか?」
「華やかなOL生活にずっと憧れてたけど。
今の私の憧れは、窓際部署の第二マーケティング課よっ」
いや、課長はあそこをナンバーワン部署にしたいらしですけどね……、と思うあげはの前で、周子は
一人芝居のように廊下で身振り手振り大きく騒いでいる。
「私は課長に呪われているわ!
愛という呪いよ!
輝かしい未来も振り捨てて……っ」
「別に輝かしくないだろ」
という言葉とともに、周子の後ろからやってきた人物が派手に周子を小突いた。
長身に、セミロングの黒髪。
周子のいる企画課の男前なお局様だ。
万木理香。
この人こそ、知的な美人だよな、とあげはは思う。
「こいつが騒がし過ぎて手に負えなかったら、私に言え」
と理香に言われる。
「い、今のところ、大丈夫です~」
はは……と笑って、あげはは言った。
理香の颯爽とした後ろ姿を見ながら、あげはは周子に言った。
「あ、そうだ。
周子さん、今日、お暇ですか?
私、ちょっと食べてみたいものがあるんですけど、まだ、この辺よくわからなくて」
「なに、晩ご飯?
前原課長も一緒ならいいわよ」
「あ、じゃあ、いいです」
とあげはが行こうとすると、後ろで、
「ちょっと、もうちょっと粘りなさいよ~っ」
と周子が叫んでいた。
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