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催事場フロア

運動会に出たかった霊(?)

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「遅かったな」

 あげはが喫茶室に戻ると、もう紅茶も本日のケーキ、タルトタタンもテーブルの上に載っていた。

 奪は食べずに待っていてくれたようだった。

「すみません。
 今、百貨店の方に若い男の人の霊が現れまして」

「男の霊……?」
と訊き返してきたのは、エンではなく、奪だった。

「運動会が懐かしいそうです」

「いや、ここ、百貨店だぞ」

 俺たちにどうしろと言うんだ、
と奪が言うのを、エンはカウンターから聞いていたが、

「なんで運動会の話になったんだ?」

 そうあげはに訊いてくる。

「さあ?
 唐突にそう言われたんです。

 霊の言うことですし。

 話が飛んでも、まあ、そんなもんかな、と思って聞いてたんですが」

 ……運動会ねえ、と口の中で呟いていたエンは顎に手をやり、少し考えていたが。

「そいつは、また来そうか?」
とあげはに訊いてきた。

「来られるんじゃないですか?
 君、よくここ来るの?

 って訊かれたんで、はいって言ったら。

 じゃあ、僕もまた覗いてみようかなっておっしゃってましたから」

「なんだ、その……」
と奪は言いかけ、何故か口を閉ざした。

 エンがいきなり喫茶室を出ていく。

 しばらくして、戻ってきたエンは、

「すごいな。

 わかった。
 運動会をやろう」
と突然、言い出した。

 いや、すごいなってなにが?

 そして、運動会をやろうってなんだ……と思いながら、あげはは訊いてみる。

「今の人に会えたんですか?」

「いいや。
 だが、きっとまた来るだろう」

 あげはを見つめ、エンはそう頷いた。

 ――なんで、そう言い切れるんだろう?

 まあ、迷える霊に関しては達人であろうコンシェルジュが言うんだから、間違いないか。

 そう思いながら、あげはは、いい香りのする紅茶を飲み、タルトタタンを食べる。

 ほろ苦さの次に甘み、そして、酸味があふれ出てくる。

 絶品のタルトタタンだ。

 大きめの白い皿に盛られた、このタルトタタンの横には、発酵クリームではなく、アイスクリームが添えてあるのだが。

 ほんのり温かいタルトタタンと冷たいアイスとの組み合わせが絶妙だった。

「美味しいっ。

 これ、この店の本日のケーキでないときは、何処に行けば食べられますか?」

「……西側の角の元煙草屋の向かいのスイーツ店」

 エンは素直に、そう教えてくれる。

 やはりこれも、他の店の商品のようだった。


 そんな風にあげはたちが、ちょっぴり仕事をサボっている間。

 第二マーケンティング課を求め、ウロウロしている女子社員がいた。


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