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化粧品フロア

蘇る百貨店

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「エンさんって、もしかして、一人ずつ願いを叶えながら、あの百貨店のフロアを復活させていくのが目的なのではないですかね?」

 次の日、職場でのお茶タイム。

 あげはは、そんなことを呟いた。

 今日はチョコを温かいミルクで溶かして飲んでいた。

 奪にも、
「いかがですか?」
と訊いてみたのだが、あっさり断られた。

「それは時間かかりそうだな」
と言いながら、奪はビニール袋に入った黄色っぽいドライハーブのようなものを出してくる。

 ハーブティーかなと思いながら、あげはは眺める。

「ヘリオトロープは今は合成の香料らしいが。
 合成の香料って石油、石炭、天然ガスなんかの化石燃料を化学反応させて作るみたいだな」

「ということは、石油の匂いを嗅いでいることに」

「だが、安定して、同じ香りを作れるし、香りが長持ちするし。
 なにより安いからな。

 そういえば、天然の香料と言っても、ビーフ、ポーク、チキン、カツオブシ、ホタテ貝や、エビ、カニなんかも使われたりするそうだ」

「美味しそうな人になりそうですね……」

 ごとっ、と奪は理科実験室にありそうな、三角フラスコとビーカーが一体になったものを出してきた。

 ハーブと水、それに氷を入れ、キャンドルに火をつけて蒸留しはじめる。

 市販の芳香蒸留器、ハーブウォーターメーカーのようだった。

「スタイリッシュですね」

 あの苦労はなんだったんだ……と思いながら、あげはは身を乗り出して眺める。

 真新しいガラスが蛍光灯の灯りにきらめき、微かにだが、柑橘っぽい甘い香りが漂いはじめる。

「なんですか? これ」

「ネロリ――
 オレンジフラワーのドライハーブだ。

 『天然の精神安定剤』と言われている。

 心が落ち着くらしい」

「課長、いつも落ち着いてるみたいですけど」
と言ったが、何故か、冷ややかに見られた。

 ……私が来てからロクなことがないから、落ち着かないということだろうか。

 腕組みして、蒸留器を眺めながら、奪は言う。

「俺は決めた。
 二度と出歩かないから、お前とは。

 ロクなことに巻き込まれないからな。
 通勤時も俺と出会うなよ」

「ええっ?
 じゃあ、もう行かないんですか? あのモーニング。
 私行きますよ」

 奪は沈黙した。


 通勤途中にある廃墟な建物は、迷える霊の願いを叶えるときだけ、蘇る。

 その幻の百貨店は、私にしか見えない……


 ……というわけでもないようだ――。


 まだ渋い顔をして腕組みしている奪を見て、あげはは笑った。



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