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化粧品フロア

灯りがともる百貨店

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 仕事帰り、あげはと奪はあの百貨店を訪れていた。

「なんで俺まで――」

「課長も協力してくださったじゃないですか。
 一緒に報告しましょう」

「どのみち、俺にその百貨店は見えないのに」

 ほら、真っ暗だ、と廃墟のような百貨店の前に立ち、奪は言う。

 チラと左手の喫茶室の方を見たようだったが、そちらも真っ暗だった。

「……夜はやらないのか。
 おでんとかあるといいんだが」

「あの内装でおでんはないと思いますが……」

 そう言いながら、あげはは百貨店の正面玄関から入ろうとして、奪に止められる。

「待て。
 正面から入れるのは霊だけだとか言ってなかったか?」

「霊だけじゃなくて、ここに用がある人だけみたいなんですけど」

「いや。
 外から回ろう。

 ここから入ったら、霊になってしまうかもしれん」

 ……私と同じこと言ってる。

 奪は喫茶室の方のガラス扉を押す。

「開いてるじゃないか、物騒だな」

 この人、開いてても、開いてなくても文句言いそうだな、と思いながら、あげはは後をついて入った。

 暗い喫茶室を通り抜け、百貨店の方に行く。

「なんか……俺たち不法侵入者じゃないか?」

「そう言えなくもないですね」
と言いながら、百貨店の方の廊下を歩いていると、廊下の灯りが、パパパパッとついた。

 うをっ!? と奪が妙な声を上げる。

 百貨店の一階に入ると、朝と同じに華やかな化粧品フロアが広がっていた。

「俺にも見えた……」

 なんて優雅で艶やかな空間だっ、と驚いたように奪は言う。

「化粧品や香水の香りがここまで漂ってくるようだ。

 おや?
 あれは――」

 奪の視線の先には、あのワンピースの娘がいた。

「美しいな」

 えっ、課長でも、女性を見て美しいとか思うんですかっ?
とあげはロクでもないことを思う。

「なんというか。
 顔はもしかしたら、お前の方が綺麗かもしれないが、あの時代にしかない清廉さというか」

「……綺麗とか言っていただいてありがとうございます」

 なんと反応していいのかわからず、あげははそう言ったが、奪は彼女の方を見たまま、淡々と言う。

「見たままを語っただけだ。
 自分の感情を入れた分析は失敗するからな」

 ――いや、仕事か。


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