上 下
55 / 114
好きだと言ってから考えよう

ほんとに寮に住む気ですか

しおりを挟む
 


 今日は出社しなくてもいいんだけど。

 ちょっと覗いてみようかな。

 会社に居るのもあとちょっとだし。

 そんな感傷的な気持ちもあって、ひょい、と10時ごろ、のどかは職場を訪ねてみたのだが……。

「胡桃沢さんっ、ナイスッ」

「いや~、今、来るとは、空気読んでるねっ」
とおじさんたちがワラワラ寄ってきて、気がついたら、真剣に仕事をさせられていた。

「胡桃沢、いやー、久しぶり」

「のどか、これ、お餞別がわりに」
と言っては、みんなも、のどかのデスクに、軽い仕事を置いていく。

 ふと気づけば、隣の課の課長もデスクの真横に立っていた。

「……なんですか?」
とあまり仲のよくないその課長、早蕨《さわらび》を見上げると、

「いや、お前を叱れるのも、あと少しなんで、なにか叱りたいんだが。
 最近、会社に来ないから叱る内容がないなと思って」
と言い出す。

 いや、無理やり叱らなくても……。

 そして、仕事内容が連携しているので、一緒に仕事することが多いせいか、お忘れのようなんですが、私、実は、隣りの課の人間なんですよね……、

とほのぼのとした感じの名前なのに、ちっとも、ほのぼのしていない早蕨を見上げていた。

「そういえば、お前、社長の幼なじみなんだってな。
 早く言ってくれれば、やさしくしたのに。

 俺は、上司にゴマすって此処まで来た男だから。

 ……まあ、会長の親族だってだけで、一気に社長になりやがった奴にゴマするのは嫌なんだが。

 まあ、海崎社長は若いのに、よくやってるとは思うよ。

 社内の風通しもよくなったと思う」
と早蕨は綾太を褒めてくれる。

「ありがとう……」

 ございます、と幼なじみとして、礼を言おうとしたとき、早蕨が笑って言ってきた。

「――と社長に伝えておいてくれ」

「嘘なんですか……?」
とのどかは苦笑いする。

 



 最後まで食えないオヤジだったが、そう悪い人でもなかったな。

 ……餞別せんべつに、とお気に入りの店の紅茶をもらったからではないが。

 その紅茶を手に、昼休み、図書室に向かい、歩いていると、綾太と出会った。

「のどか、まだ居たのか」

「貴方といい、中原さんといい、此処にまだ居ちゃ悪いんですかね、社長」
と言ってやったが、綾太は相変わらず、あんまり人の話は聞いていない。

「そういえば、あの寮、いつから住めるんだ?」
と訊いてきた。

「いや、本気で住む気なの?」
とつい、敬語も崩れ、のどかは訊き返す。

「当たり前だろ。
 なんかお前と成瀬の結婚は訳ありっぽいからな。

 上手くまとまってないところに、おかしなイケメンが降ってきて、あそこに住むとか言い出しても困る。

 俺がひとつ、部屋を塞いでやろう」
と誰のためにどうしたいのかわからないことを言い出した。

「だから、社員寮なんだってば」

「だが、八神は、来い来い、と言っていたぞ」

 ……あそこは誰の家なんですかね、と思ったが、八神だった。

 居住スペース側は八神の陣地だ。

「八神さんは、一緒にお酒が呑めれば誰でもいいのよ」

「お前ら、ごちゃごちゃ言って、俺をあそこに住まわせないのなら、火をつけるぞ」
と綾太が言い出した。

 あのボロ屋にっ?
 すぐに燃え尽きそうだっ、と怯えたが、綾太は、
「うちの家に」
と言う。

「なんでよ……」

「そしたら、人のいいお前や成瀬社長が、ああ、可哀想にと寮に入れてくれるだろ」

 成瀬社長を人がいいとは思ってるんだな、と思いながら、はいはい、と適当な返事をし、図書室に入ろうとした。

 すると、
「いつでも来ていいぞ」
と声がした。

 振り返ると、綾太がこちらを見て、
「会社辞めても、いつでも図書室来ていいぞ」
と言う。

「ありがとう、社長」

 いや、ありがとう、社長って、おかしいな、と思って行きかけ、ちょっとだけ戻る。

「ああ、早蕨課長が、俺はゴマすって此処まで上ってきた男だから、社長にもゴマをすりたい、よろしくって言ってたよ」

「……そんな風に言ってたか?」

「いや、要約すると、そんな感じ。
 悪い人だけど、そんなに悪い人でもなかった」
と言うと、そうか、と綾太は笑う。

 綾太は陰で小細工する人間よりは、真正面から卑怯な人間の方が好きだが、それを伝えたところで、早蕨課長がどうなるかはわからない。

 ……自力で頑張ってください、と思いながら、のどかは図書室の戸を開けた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

愛のない政略結婚で離婚したはずですが、子供ができた途端溺愛モードで元旦那が迫ってくるんですがなんででしょう?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お腹の子も君も僕のものだ。 2度目の離婚はないと思え」 宣利と結婚したのは一年前。 彼の曾祖父が財閥家と姻戚関係になりたいと強引に押したからだった。 父親の経営する会社の建て直しを条件に、結婚を承知した。 かたや元財閥家とはいえ今は経営難で倒産寸前の会社の娘。 かたや世界有数の自動車企業の御曹司。 立場の違いは大きく、宣利は冷たくて結婚を後悔した。 けれどそのうち、厳しいものの誠実な人だと知り、惹かれていく。 しかし曾祖父が死ねば離婚だと言われていたので、感情を隠す。 結婚から一年後。 とうとう曾祖父が亡くなる。 当然、宣利から離婚を切り出された。 未練はあったが困らせるのは嫌で、承知する。 最後に抱きたいと言われ、最初で最後、宣利に身体を預ける。 離婚後、妊娠に気づいた。 それを宣利に知られ、復縁を求められるまではまあいい。 でも、離婚前が嘘みたいに、溺愛してくるのはなんでですか!? 羽島花琳 はじま かりん 26歳 外食産業チェーン『エールダンジュ』グループご令嬢 自身は普通に会社員をしている 明るく朗らか あまり物事には執着しない 若干(?)天然 × 倉森宣利 くらもり たかとし 32歳 世界有数の自動車企業『TAIGA』グループ御曹司 自身は核企業『TAIGA自動車』専務 冷酷で厳しそうに見られがちだが、誠実な人 心を開いた人間にはとことん甘い顔を見せる なんで私、子供ができた途端に復縁を迫られてるんですかね……?

おデブな私とドSな魔王さま♪

柳乃奈緒
キャラ文芸
体重があと少しで100キロの大台に到達する おデブでちょっぴりネガティブな女子高生の美乃里。 ある日、黒魔術を使って召喚してしまった 超ドSな魔王に、何故か強制的にダイエットを強いられる。 果たして美乃里は、ドSな魔王のダイエットに耐えられるのか?そして、ハッピーエンドはあるのだろうか?

今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美
恋愛
1才半の息子のいる瑞希は携帯電話のキャリアショップに勤めるシングルマザー。 いつものように保育園に迎えに行くと、2年前に音信不通となっていた元彼が。 帰国したばかりの彼は亡き祖父の後継者となって、大会社のCEOに就任していた。 ずっと連絡出来なかったことを謝罪され、これからは守らせて下さいと求婚され戸惑う瑞希。   第17回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました。

処理中です...