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一夜一夜にヒの一夜が消えました……
そこは本当に呪われてそうですよ?
しおりを挟む「学生時代、イタリアで買ってきた靴がっ。
一生大事にしようと思ってたのにっ」
叫ぶ中原に、
「靴なんて、履きつぶしてナンボだろ」
とまったく価値観の違う八神が口を挟んでいる。
「俺は刑事になったとき、先輩に、
『刑事ってのは、靴を履きつぶしてナンボだ』
と言われて。
あれから必ず、一足を履き潰すまで履いて。
ああ、俺、これだけ履き潰してきたんだから、刑事として少しはステップアップしてるんだろうなと自信が持てるようになったんだ、
という映画を前、見たんで。
あれから一足ごとに履き潰そうと思ってるんだ」
「……待ってください。
それ、何処までが映画の話で、何処からが現実なんですか」
靴はいつから履き潰そうと一足を履き始めたんですか、とのどかが訊くと、
「お前が越してくる一週間前くらいからかな?
そのくらい前に映画見に行ったから。
まあ、ともかく、借りてた呪いの靴は返したぞ。
やっと新しいの買いに行けたから」
と八神は言う。
「なんだ、呪いの靴って」
と言う貴弘に、のどかは言った。
「いや、此処の玄関の隅に最初からあった男物の靴ですよ」
「履くと呪われるのか?」
何処も呪われてないようだが、と貴弘は、日に焼けた頑健な身体付きの八神を見て言う。
いえいえ、とのどかは手を振り、言った。
「雰囲気で。
この家にあると、なんでも、呪いの、とつけたくなるじゃないですか。
呪いのトイレとか」
「呪いのトイレは怖いな」
と中原が呟く。
「呪いのテレビとか」
「なんか出てきそうだな」
と言う中原に、
「いや、単に映らないんです」
と言って、
「……捨ててこい」
と言われた。
「あと、呪いのちゃぶ台とか」
「なんでも呪わせるな」
と貴弘が言う。
のどかは台所の方を振り返りながら、
「ああ、あと、呪いの冷蔵庫がありますよ」
と言う。
「呪いの冷蔵庫?」
と三人が訊き返してきた。
「冷蔵庫は自分のじゃないのか」
とこの家のことをなにも知らない大家、貴弘が言う。
「いや、あれ、最初から此処にあったんですよ」
「やたらデッカイ奴だよな?」
「そうなんですよ。
アメリカ製らしくて、大きいんですよ。
……あれだけ、ピカピカで新しいんです。
なんで置いてったんでしょうね、あれ」
「っていうか、此処の住人、結構昔に居なくなってるみたいだぞ。
なんで、ピカピカの冷蔵庫があるんだ」
誰が置いたんだ、と貴弘が言う。
「それは呪われてるかもな」
と中原が呟き、
「死体が入ってそうだな」
と職業柄か八神が呟いた。
「今は入ってなかったですよ」
と言って、
「過去、入ってたかもしれんだろ」
処分するまで、と八神に言われたが、
「でもまあ……、とりあえず、私は見てないんで。
知らなければオッケーですかね?」
とのどかは言う。
「アバウトだな」
隣人の名前も覚えない、死ぬほどアバウトな八神さんに言われてしまいましたよ……。
「ともかく、俺の靴は何処に行ったんだっ」
と中原がまた話を戻す。
「さっさとその訳のわからん呪いを解いて、俺の靴をとってこいっ」
と犬に言うようにのどかに言う。
横暴な人が増えたな……と思ったとき、中原は沈黙していた泰親を見て言う。
「さっき、カフェがどうとか言っていたが、此処はコスプレ喫茶にするのか」
そういえば、この人には呪いがかかったから、泰親さんが見えるんだったな……。
「なんだ、その半端な猫耳はっ」
もっと大きくしろ、と中原はケチをつけてくる。
貴方は、どちらのマニアの方ですか……とのどかが思っている間に、中原は、
「そうだ。
こんなところで、お前らと遊んでいる暇はない」
と取引先の社長、貴弘までぶった切って立ち上がり、
「呪いの靴を貸してくれ」
と言って、八神が持ってきた呪いの靴を履いて帰っていった。
「あ、綾太に言わないよう、口止めするの忘れてました……」
と闇夜に消えていくその後ろ姿を見送るのどかが呟くと、貴弘が、
「呪いの猫耳とか、会社で言わないだろ、あの男」
自分が莫迦にされそうだから、と言う。
「そうですね。
猫耳に関しては、自分の趣味がバレそうですしね……」
もしや、夏と年末に忙しい類の人だろうか、と思いながら、クールな社長秘書――
いや、のどかの中では、もう何処もクールでないんだが、を見送った。
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