上 下
14 / 14
呪いの(?)雛人形

優秀すぎる探偵

しおりを挟む
 
「これから地上げ屋による脅しがはじまるところだった。
 ところが、その前に、此処は雛人形の呪いがかかった土地だという噂が広まってしまった。

 マンションの売れ行きは悪くなるかもしれないな」

「人形の呪いがかかった土地とかって、ちょっと怖いですもんね」

 ヒトガタのモノの怪談が一番怖い気がする、と思いながら、乃ノ子は言った。

「娘さんの居るお宅は引っ越してこないかもしれませんね。
 雛人形が片付けられなくて、マンションに住んでいる娘さん全員が行き遅れかけるとかなるかもしれないし」

 そんな莫迦な……とイチが苦笑いする。

「ともかく、このままこの話が立ち消えたら、町の人たちは何も知らないまま、すべて解決するってことか」

「まるで、優秀すぎてドラマにならない探偵みたいですね」

 そう乃ノ子は言った。

 探偵があまり優秀すぎると困る。

 事件が起こる前に止めてしまったり、起こってすぐ犯人がわかってしまったりしたら、二時間サスペンスも、ミステリー小説も成り立たないからだ。

「何度か偵察に来た地上げ屋の人たちはまさか雛人形が話を聞いているとは思わないから。
 店の人がいない隙に雛人形たちの前で高層マンションの話をしてたのかもしれませんね」

 大事にされたモノには命が宿る。

 そしてその命は、今のその環境と自分たちを大事にしてくれた人たちを守ろうとするのだろう。

「雛人形たちは自分たちが処分されるかもしれないのに、住民たちが地上げ屋に脅かされないよう先手を打ったわけか」

「愛情深いですね。
 じゃあ、住民の方には申し訳ないですが、しばらく呪われててもらいましょうか」

 呪われててもらうってなんだ……と言ったあとで、イチは言う。

「だがまあ、そうだな。
 会長にはとりあえず、真実をそのまま報告しとくよ。

 呪いは解けないわけだから、報酬はもらえないかもしれないが」

 イチさんって、なんだかんだで人がいいよな、と乃ノ子は思った。

 でも、報酬って、いつもあんまりもらってなさそうなんだけど。
 どうやって暮らしてるのかな?

 浮気調査とかはしそうにないし。

 第一、人の色恋沙汰に変に首突っ込んだりしたら。
 奥さんがイチさんの方がいいとか言い出して、かえってややこしくなりそうだ。

 ……口は悪いけど、ビックリするくらいのイケメンだからな。

 じゃあ、やっぱ、猫探しとかで儲けてるのかな?

 でも、それだけで?

 ああ、そういえば、実家、すごい豪邸だったな、と気づいた乃ノ子は思わず言っていた。

「……『すねこすりのイチ』改め、『すねかじりのイチ』にしてみたらどうでしょう」

「待て。
 すねかじってないし。

 そもそも、俺が名乗ってるんじゃないからな、『すねこすりのイチ』」
と怒られる。

 ですよね~。

 あの~、『すねこすりのイチ』って呼び名が可愛いから嫉妬して言ってみたわけではありませんよ、
と『暗黒の乃ノ子』で『鮮血の乃ノ子』で、『セグロの乃ノ子』は思いながら、ははは、と笑って誤魔化した。

「まあ、『雛人形の呪い』は広めないといけないが。
 だがそれが永久に残ってもらっても困るな。

 悪い噂が流れるのは、地上げ屋があそこに目をつけてる間だけでいいんだからな」

 どうするかな、とイチは言う。

「ジュンペイさんにラジオとかで話してもらったらどうですか?」

「まあ、ネットにあげるよりはマシかな。
 だがそれも、誰かがネットに書いたりしたら、結局残ってしまうが……」

「でも、どうやっても残っちゃいますよ」

 そう乃ノ子が言うと、そうだな、とイチは言う。

「例えば俺が突然消えても。
 突然、誰にも見えなくなっても。

 都市伝説アプリや、あのアプリで有名になった話が残っていくように――」

 なんでそういきなり、そんなどきりとするような話をはじめるんですか、と思いながら、乃ノ子は、

「自分の生きたあかしを残すために始めたんですか? 都市伝説アプリ」
としんみり訊いてみた。

 だが、
「お前は莫迦か」
とイチに一蹴される。

「何処の世界に、自分の生きた証を残すために都市伝説を集める奴が居る」

「だって、それは永遠に残っていくものだから――」

 都市伝説はなくならない。

 いつの時代も、人が心惹かれるものだから。

 それはきっと、人は、見えずとも、人知及ばぬなにかが、すぐそこの闇に潜んでいることを知っているから。

「俺が今生で、金にもならないのに都市伝説を集めているのは」

 ――シズが楽しそうだったからだ。

 イチはそう言った。

「え?」

「前の時代で、都市伝説を怪しいカルト雑誌に売る仕事をしていた俺を手伝ってるとき、シズが楽しそうだったからだ」

 でも、そうだな、と気づいたようにイチは言う。

「都市伝説はなくならなくても。
 都市伝説アプリはなくなるかもな。

 俺が消えたら、さっさと消しそうだからな、ジュンペイ」

「都市伝説アプリを管理してるの、ジュンペイさんなんですか?」

「あいつのアプリとかチャットボット作ってるのも本人だぞ。
 あいつ、ああいいうの作るの趣味なんだ」

 そうだ。
 そういえば、もともとジュンペイさんのアプリから飛んだんだもんな、都市伝説アプリ。

 あっちのアプリに仕掛けがしてあったに違いない。

 でもそうか。
 そこは霊現象とかじゃなくて、デジタルなんだ……と意外に思う乃ノ子は、今の話のなにかが引っ掛かっていた。



 風呂上がり、ベッドに腰掛けた乃ノ子は、可愛いキツネのゲームを開けてみる。

 最近忙しくて忘れていたのだ。

 ああ、ログインボーナスが……と思いながら、画面を見た。

 キツネの部屋がちょっと汚れている。

 お掃除コマンドを使っていなかったからだ。

 ヤバイ。
 お掃除しようっ、と母親に、

「いやまず、現実の部屋を掃除してっ」
と言われそうなことを思ったとき、とことこ可愛らしく現れた子ギツネが挨拶してきた。

「こんばんは、ののこちゃん」

 うう。長らくログインしなくてごめんね、と心の中で謝った乃ノ子に、子ギツネが愛くるしい笑顔で訊いてきた。

「ののこちゃん
 新しい復活の呪文は見つかった?」

 ――えっ?



 暗い夜の街に彩也子が立っていた。
 いつもの弁当屋のガードレールの前ではなく、裏の細い路地のところだ。

 店の明かりが落ち、僅かに届く街灯の光だけに照らし出されたそこに、今は、なにもない。




 ふ……


 ふっかつの


 ……


 ふっかつのじゅもんが

     ちがいます――。



                        『呪いの(?)雛人形』完


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。  大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。 「神の怒りを買ってしまいます~っ」  みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。  お神楽×オフィスラブ。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

あやかし駄菓子屋商店街 化け化け壱花 ~ただいま社長と残業中です~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 普通の甘いものではこの疲れは癒せないっ!  そんなことを考えながら、会社帰りの道を歩いていた壱花は、見たこともない駄菓子屋にたどり着く。  見るからに怪しい感じのその店は、あやかしと疲れたサラリーマンたちに愛されている駄菓子屋で、謎の狐面の男が経営していた。  駄菓子屋の店主をやる呪いにかかった社長、倫太郎とOL生活に疲れ果てた秘書、壱花のまったりあやかしライフ。 「駄菓子もあやかしも俺は嫌いだ」 「じゃあ、なんでこの店やってんですか、社長……」  「玖 安倍晴明の恩返し」完結しました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...