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私、おそろしいものを手に入れてしまいました……
自覚はないのか
しおりを挟むコタツに入ると言ったくせに、奏汰はコタツには入らずに、キッチンでなにかしていた。
ご飯を並べなければならないのに、コタツをつけてみたので、此処はひとつ、入ってみましょう、とつぐみはコタツに脚を突っ込んだ。
ああ……
寒さに固まっていた血が喜んで流れて行く感じがする。
ビリビリするくらい温かい。
もう、出られません。
やはり、これは危険な代物でした。
人を怠惰にしてしまう、こんな危険なものを我が家に持ち込んですみませんでした、奏汰さん、と思いながらも、つぐみがコタツから出られないでいると、
「ほら」
と奏汰がつぐみの前にグラスを置いた。
逆三角形のカクテルグラスに、濃いブルーハワイのようなものが入っている。
奏汰にしては珍しく飾りもなしだ。
すると、そこに奏汰が金粉を降りそそいだ。
わあ、と思わず、つぐみは声を上げる。
星空のように細かな金粉が青いカクテルに舞ったからだ。
「おっと、喜ぶなよ。
ノンアルコールだ」
えっ、とつぐみは顔を上げた。
「お前がいつ妊娠してもいいように、ノンアルカクテルの研究をしてたんだ。
お前が物足らないと感じないようなのにしようと思ってな」
「綺麗ですっ。
飲むのがもったいないくらいっ」
とつぐみがグラスを天井からの灯りにかざして言うと、
「コタツも俺は入りたくはなかったんだが。
妊婦になったら、冷やさない方がいいだろ。
だから、まあ、あってもいいかと思ったんだ」
と奏汰は言ってくる。
そ、そうだったのですか。
コタツになにかあるのかと思ってしまいましたよ。
意味深に呟くから……と思っていると、奏汰は、おっかなびっくりコタツ布団をめくり、そっとコタツに入ってきた。
「……あったかいな」
と当たり前のことを感心したように呟いている。
「あったかいぞ、これはっ!
コタツがあったら、他の暖房器具はいらないじゃないかっ」
いや、いらないってこともないと思いますけどねー。
「相当あったかいですよねー、足許があったまると」
冬になると、背中、腰、靴の中にホッカイロを仕込んでいるつぐみは、そう言いながら、頷いた。
甘いカクテルにお酒は入っていないはずなのに、やっぱり何処かお酒っぽい感じがあって、ほんのり頬が赤くなる。
……いや、コタツでぬくもったせいかもしれないが。
「奏汰さん」
とつぐみは金粉が夜空のように舞うグラスを手に呼びかけた。
「先ほど、私の冬の過ごし方に合わせてくださるとおっしゃってましたが、
今までとは私も違います。
奏汰さんと居るだけで、なんだか私、温まります」
そう言い、微笑むと、
……そうか、と笑った奏汰は、
「別に急いで妊娠しなくていいんだからな。
なんだか、お前ともう少し、二人でこうしていたいような気もしているし。
ただ、妊娠して酒が呑めないのは可哀想だなとか。
つわりって大変そうだなと思ったから、いつか訪れるかもしれないそのときのために、お前に出来る限りのことをしてやりたかっただけだ」
と言ってくる。
「あ、ありがとうございます」
と恐縮しながらも、ひとつ、気になったのは――。
「妊娠したときのためにって、真っ先にノンアルコールカクテルを研究されたのは何故ですか?
まるで私が酒呑みみたいではないですか」
「……いや、お前、自覚はないかもしれないが、相当な呑んべえだぞ」
とコタツにどっぷりつかった奏汰は横目に見ながら言ってくる。
奏汰はそこで、笑い、
「でも、やっぱり、コタツはいいな」
と言ってきた。
つぐみの手からグラスを取ると、台の上に置かせ、
「こうして、すぐに一緒に寝られる」
とつぐみの肩をつかんで、コタツの敷き布団の上につぐみを横たえようとする。
抵抗しようとしたが、奏汰の力にかなうわけもなく、簡単に転がされてしまった。
一緒に横になった奏汰の顔が目の前に来る。
自分を真摯に見つめるその瞳に、つい、視線をそらしながら、
「おっ、おこたはそのような場所ではありませんっ」
と言って、起き上がろうとしたが、奏汰の手は強くつぐみの肩を押さえつけていた。
「いや、そのような場所だろ」
と半身を起こした奏汰は、つぐみの両手を押さえ込むと、上から見下ろし、言ってくる。
「ほら、生徒手帳にもよく書いてあるじゃないか。
男女で同じコタツに入るべからず。
こういう不埒なことをする輩が居るからだ」
そう言い、奏汰は、そっと唇を重ねてくる。
「もうっ、奏汰さんっ。
今、奏汰さんの作ってくださった美味しい星空のカクテルをいただいているので、しばらくおとなしくしててくださいっ」
そう言うと、わかったわかった、と奏汰は離れ、
「じゃあ、飲み終わるまでな」
と笑う。
もう~、と思いながら、飲んでいる間、奏汰はひとり、コタツに横になってみたりしていた。
……満喫してますね、奏汰さん、と、とろとろ素材のコタツ敷き布団を撫でてみている奏汰を眺めながら、つぐみはグラスに口をつける。
ふう。
美味しかったですっ、と奏汰を見ると、奏汰は自分の腕を枕に反対側を向いて横になっていた。
どうしましょう。
此処で、飲み終わりましたよ、と言うのも、変ですね、とつぐみは迷う。
飲み終わりましたよ、襲ってください、と言っているように聞こえなくもないからだ。
だが、テレビもついていない部屋は、しんとしていて。
奏汰は何故か、こちらに背を向け、振り向かない。
……怒っているとか?
いや、そんな風でもなかったですが。
なんか寂しいではないですか、とカラになったグラスを手に、つぐみは思う。
「か、
奏汰さーん」
と遠慮がちに呼びかけながら、つぐみは奏汰の側に手をつき、そっと、その顔を覗いてみた。
奏汰は反対側を向き、気持ち良さそうに眠っている。
ああっ、ご飯も食べずに寝ちゃってるっ。
おそるべしっ、コタツッ。
「やだ、ちょっとっ、奏汰さんっ?
ね、寝ないでくださいっ。
寂しいじゃないですかっ。
寝ないでっ。
寝ないでくださいっ、奏汰さーんっ!」
完
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