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さようなら、旦那様
なんですか、その二択
しおりを挟む桔平は仕事に戻り、侑李と真珠が中峰の観光に付き合った。
夜、ドバイ・ファウンテンを見たあと、ラウンジに行き、出発まで待つと中峰は言った。
ドバイ・ファウンテンは世界最大の噴水ショーだ。
世界一の高層タワー、ブルジュ・ハリファや世界最大のショッピングモール、ドバイ・モールの側にある人工の湖、ブルジュ湖で昼と夜に何度か行われるショーだ。
誰でも無料で見られる。
イルミネーションと音楽に彩られた噴水ショーを真珠たちは有料だが大迫力で見られる水上遊歩道から見た。
「来てよかったよ、花木!
お前にはフラれたけど、楽しかったっ!」
ショーがはじまると、水飛沫を浴びながら、中峰がそう叫んできた。
「そ、そうですか、よかったです……」
と真珠が言うと、
「みなさんによくしていただいて、ほんとに……
嬉しかったです」
と中峰は涙ぐむ。
昼間、観光の途中で七十代、八十代、九十代の人たちも時折、合流してくれた。
今、いっしょにドバイ・ファウンテンを見ようという話になり、そのご家族も来てくれていた。
みんなで楽しく眺めていた真珠だったが。
空高く吹き上がるオレンジに染まった噴水の水を浴びながら、遊歩道を歩いてくる人影に気がついた。
たくさん人がいるのにな。
ここからだと影にしか見えないのにな。
なんで、有坂さんだってわかっちゃうんだろう……?
「先輩っ、お世話になりましたっ」
遅れて現れた桔平に中峰も気づいたようだ。
深く頭を下げたあとで、熱く桔平の手を握っていた。
「先輩の奥様にプロポーズするなんて非礼を犯した僕にこんなにやさしくしてくださるなんてっ。
この御恩は必ずっ。
……そう簡単に吹っ切れないとは思いますが。
今日の皆さんとの楽しかった思い出を胸に、明日からも頑張りますっ」
「うん、そうか。
頑張れ」
と中峰の肩を叩く桔平はちょっと複雑そうだった。
中峰が思っているほど、自分たちの関係がしっかりしたものではないからだろう。
ここ数日、共に過ごしただけの仮の夫婦に過ぎないからだ。
短い噴水ショーをみんなで楽しむ。
真珠の横には桔平がいた。
ふたりとも黙って、吹き上がるオレンジ色の水を眺めていた。
「……振ってしまってよかったのか?」
「え?」
「いい奴だぞ、中峰」
「そうですね。
私なんかには、もったいない方だと思います」
みんなと楽しげに話している中峰を見ながら真珠はそう言った。
「……あいつについて帰らないということは、このまま一生俺の妻でいるってことでいいのか?」
いや、なんですか、その二択……と横目に桔平を見ながら真珠は思う。
「あの、まだ、有坂さんとは出会ったばかりみたいな感じなので、よくわかりません」
「一応、結婚してから五年経ってはいるんだが……。
まあ、五年経っても新婚って感じってことでいいか」
そう言ったあとで、桔平は、いや、と言う。
「きっと俺たちはいつまでも、新婚のようにいられるさ」
そう言い、真珠の頬にキスしようとして、桔平はやめた。
「おっと、こういう国で外でこんなことしたら、しょっぴかれるかもしれないからな。
日本はいいな、何処でもイチャイチャできて」
「……日本でも道端でイチャイチャしてる人、そんなにいませんよ」
真珠は照れ隠しのように噴水を見上げ、思っていた。
ここに来てすぐの頃、未島さんと昼間見たっけ、この噴水ショー。
でも、なんだか全然違う感じに思えるのは、今が夜だからか。
それとも、この人が側にいるからなのか――。
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